高校生になって1ヶ月とちょっと。FC東京U‐18所属のままプロの舞台で繰り広げられてきた冒険はどんどんステージをあげて、成長を導く刺激を15歳の逸材・久保建英に与えている。
冒険はFC東京のトップチームとの対面から幕を開ける。高校が休みとなるゴールデンウイークに入り、原則として午前中に行われるトップチームの練習に久保は本格的に合流した。
フォワード陣には前田遼一、ピーター・ウタカ、そして大久保嘉人と歴代のJ1得点王がいる。濃密な経験と実績を誇るベテラン勢がひしめきあうなかへ、久保はスムーズに溶け込んでいった。
「技術的にも戦術的にも高いレベルの選手ばかりで、やっていて素直に楽しかったです」
スペインの名門、FCバルセロナの下部組織の入団テストに合格したのは10歳の夏。言語や文化、風習のすべてが日本と異なるスペインの地で、14歳になる直前まで多感な時期をすごした。
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ドリブルからの創造性あふれるプレースタイル
(c) Getty Images
「とにかく明るいし、ポジティブなのですぐにみんなと解け合い、いつも輪の中心にいる。コミュニケーションスキルがすごく高いんですよ」
スペインで身につけた特異なメンタルが、中学3年生ながら昨春に「飛び級」で昇格した、FC東京U‐18でいかんなく発揮されていると指摘したのは、FC東京の立石敬之ゼネラルマネージャーだ。
どんな状況にも物怖じしない、と表現すればいいだろうか。年齢が倍以上も離れた選手もいる、トップチームの大人たちのなかでも緊張も興奮もすることなく、自分のスタイルを周囲に伝えていった。
「フィジカルの部分はまだ子どもですけど、技術と戦術の高さはトップチームでも十分に通じる。あれだけ若くて、あれだけの技術と落ち着きがあれば周囲の選手たちも気になるし、刺激にもなりますよね」
篠田善之監督も思わず目を細めた。トップチームの練習に合流させた理由はただひとつ。ゴールデンウイーク中に行われるYBCルヴァンカップで、久保をデビューさせるプランが練られていたからだ。
■トップチームでの初陣で覚えた感動と興奮
北海道コンサドーレ札幌をホームの味の素スタジアムに迎えた、5月3日のグループリーグ第4節。ベンチ入りしていた久保は後半21分、割れんばかりの拍手を浴びながらピッチに立った。
実はウォーミングアップの段階から、気になる選手がいた。動画投稿サイト『YouTube』越しに何度も見てきた永遠の天才、元日本代表MF小野伸二が目の前にいる。
「ひとつひとつのプレーの質がすごく高いし、今日もトラップを見ていて、足に何かついているんじゃないかと思うくらい、本当に吸いつくようなトラップばかりで。これが一流選手なんだと思いました」
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世界を渡り歩いた天才・小野伸二
(c) Getty Images
3度のワールドカップ出場を誇る小野が身にまとうオーラを目の当たりにして、久保は言葉を弾ませた。そして37歳の小野もまた、久保に秘められた無限の可能性を感じていた。
「見ていて『ゴールしちゃうんじゃないか』と思わせるような、そういうオーラが出ていましたよね。非常に堂々としていた感じが頼もしく思えました」
小野を驚かせたシーンは後半39分に訪れた。相手のパスミスを拾ったMF阿部拓馬から、敵陣の中央付近でパスを受けた久保が素早く振り向き、迷うことなく得意のドリブルを開始する。
前方にはウタカが、左前方にはフリーのMF東慶悟がそれぞれ走っていたが、背番号「41」の姿からはパスを出す気配は伝わってこない。久保の脳裏にはこんな言葉が浮かんでいた。
「あそこで仕掛けなかったらフォワードじゃない」
ペナルティーエリアの直前で、コンサドーレのMF前寛之に後方から倒されながらも、利き足の左足でしっかりとシュートを放つ。ファウルで止められると察知したうえでの、冷静沈着な選択だった。
「相手が来ているのは見えていたので。どうせ倒されるのなら、シュートを打っておこうと」
シュートは相手GKの正面へ飛んだが、ほぼ同時に主審が前のファウルを告げた。高速プレーの刹那でも相手の存在を把握していたからこそ、けがをすることのない体勢で受け身も取れたわけだ。
■直接フリーキックを蹴るに至った周囲の忖度
シュートが決まればそのまま認められ、そうでなければゴールまで約20メートルの位置で直接フリーキックのチャンスを獲得できる。実際に後者となってすぐに、小野は再び驚きを覚える。
「あの場面で蹴らせてもらえるくらい信頼されている、リスペクトされているのかと」
ボールをセットするのは久保。近くには東も立っている。果たして、久保の左足から放たれたゴールの左隅を狙った弾道はバーの上を、ボール2個分ほど外れてしまった。
「周りの選手に後押しされる形で。蹴っていいよと言ってくださったので、じゃあと」
照れくさそうに直接フリーキックを振り返った久保だが、デビュー戦でキッカーを託された背景には、流行りの言葉である「忖度」があった。「建英が蹴る気満々だったので」と、苦笑いしながら東が明かす。
「あそこで僕が蹴るのは、空気が読めないとなるじゃないですか。お客さんが大勢来ているし、建英がもらったファウルだし、ユースでも決めているのをみんな知っていたので。だから思い切って蹴っていいよと」
阿部もボランチの高萩洋次郎も、久保の背中を押してくれた。このやり取りだけを見てもトップチームのなかで久保が可愛がられ、練習に参加した数日間で才能を認めせた跡が伝わってくる。
ツートップを組んだ33歳のウタカは前線でボールをキープしながら、久保へのパスコースを探す場面が幾度かあった。試合後には久保を「a young kid(坊や)」と呼びながら、目を細めてもいる。
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フィジカルはこれからも…技術と戦術はトップレベル
(c) Getty Images
「ものすごい才能の持ち主であることは、誰が見ても明らかだ。必要なのは献身性をもって、チームのためにハードワークすること。それを意識すれば、光り輝く未来が待っているはずだ」
久保が産声をあげた直後の2001年7月に、浦和レッズからオランダのフェイエノールトへ挑戦の場を移した小野も、時代の流れを感じながらも新たな刺激を受けている。
「そういう子たちとサッカーをすると、もっと頑張らないと、と思いますよね」
■15歳で臨むU‐20ワールドカップへの誓い
ここまでをたとえれば、冒険の途中で頼れる仲間たちと出会い、強敵とも遭遇した、となるだろうか。そしていま、冒険のステージは日本から世界へと移っている。
20日から韓国で開幕するFIFA U‐20ワールドカップ。20歳以下の世界一を決めるヒノキ舞台に臨む若き日本代表メンバー21人のなかに、久保も堂々と名前を連ねた。
「世代がひとつ、ふたつ上の選手たちとは明らかにフィジカルなどで差がありますけど、彼らと互角以上に戦えるモノがあるからこそ、自分も呼ばれたと思う。選ばれた以上は、年齢が下だからミスをしてもしょうがない、ということは許されないと思っています」
日本が出場権を獲得した昨秋のAFC U‐19アジア選手権までは、一度も招集されていない。直後の南米アルゼンチン遠征で抜擢され、内山篤監督に一目惚れさせ、いまや絶対的な場所を築きつつある。
「選ばれなかった人たちの気持ちも込めて戦ってきたい。サイズが小さい分、敏捷さは自分のほうがあるかなと考えているので。自分の攻撃力が問われると思っています」
グループDに入った日本は、21日に南アフリカ、24日にウルグアイ、27日にはイタリアと対戦する。いずれも強敵ばかりだが「優勝しようと思ったら、どのチームも倒さないといけない」と久保は力を込める。
「攻撃の部分では自由にやっていい、と言われているので。自分の武器であるドリブルや、スペースを使っていろいろなプレーを生み出すところは、見てほしいと思っています」
まだ幕を開けたばかりの冒険だが、はるか先に待つゴールははっきりと見えている。本人の言葉を借りれば「日本を代表するだけでなく、世界でもトップレベルになりたいと思っている」となる。
J3での初ゴールも、天才・小野との邂逅も、韓国の地での戦いもすべてはマイルストーン。やがて訪れるJ1での戦い、プロ契約、ヨーロッパへの再挑戦や東京五輪、そしてワールドカップも然り。壮大な夢を目指して、久保はいまを全力で駆け抜ける。