【THE REAL】北海道コンサドーレ札幌・都倉賢の咆哮…巡り会えた理想郷で悲願を成就させるために | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【THE REAL】北海道コンサドーレ札幌・都倉賢の咆哮…巡り会えた理想郷で悲願を成就させるために

オピニオン コラム

サッカー ゴール イメージ(c)Getty Images
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現時点のJ1で最強のツインタワー


高さと強さ、そして怖さを兼ね備えた、最強のアタッカーコンビと言っていいかもしれない。5年ぶりにJ1の舞台に挑んでいる北海道コンサドーレ札幌で、今夏から結成されたツインタワーのことだ。

自己およびチーム最多の8ゴールをあげている31歳の都倉賢が187センチ、80キロ。昨シーズンまでジュビロ磐田で活躍し、元イングランド代表の肩書をもつ35歳のジェイは190センチ、90キロを誇る。

たとえば21日のFC東京との明治安田生命J1リーグ第30節の布陣は、ワントップにジェイが入り、都倉はその背後でタイの英雄、158センチ、56キロのチャナティップとシャドーを組んだ。

約半年に及んだ無所属の期間をへて、ジェイの加入が発表されたのが7月1日。J1残留への切り札を託される一方で、懸念する声も少なくなかった。いまでは不安も何もないと都倉は笑う。

「ジェイも最初はなかなかコンディションが上がってこなかったけど、安定した守備から入ることがチームのベースになっているなかで、いまはしっかり前線から仕事をしてくれる。ボールを奪って攻撃を仕掛けるとき、僕が真ん中にいれば彼がサイドに流れてもくれる。

その意味では、いまは相手チームが的を絞りづらい状況になっていると思う。大きな選手同士だからかぶって合わないんじゃないか、と当初は思われたかもしれないけど、いまはお互いのよさが逆にお互いを助けている。よりよい相乗効果を、チーム内で生み出しているので」

台風21号の影響で間断なく雨が降り続いた、敵地・味の素スタジアムでのFC東京戦は2‐1でコンサドーレが勝利した。2点はともにジェイがあげたものだ。

そして、アシストはともに都倉。ジェイが中央で張れば、都倉がサイドで決定的な仕事をする。巨漢ながらテクニックもあわせもつ2人のレフティーは、FC東京の脅威であり続けた。



紆余曲折をへたコンサドーレへの移籍


本田圭佑(パチューカ)や長友佑都(インテル・ミラノ)、岡崎慎司(レスター・シティー)と同じ1986年生まれで、31歳の都倉は「悔しさのほうがはるかに多い」と自身のサッカー人生を振り返る。

横浜F・マリノスのジュニアユースから、ユースへ昇格できなかった。神奈川県内のライバルチーム、川崎フロンターレU‐18に進み、2005シーズンにはトップチームへと昇格することができた。

しかし、在籍した3年半でリーグ戦出場はわずか6試合、時間にして40分に終わる。当然ながらゴールも奪えず、2008シーズンの途中にJ2のザスパ草津(現ザスパクサツ群馬)へ期限付き移籍する。

2009年には完全移籍に切り替え、リーグ2位となる23ゴールをゲット。J1のヴィッセル神戸への移籍を勝ち取ったが、2012シーズンの6ゴールが最多となかなか潜在能力を解き放てなかった。

しかも、ヴィッセルがJ2へ降格した2013シーズンは、わずか2ゴールにとどまる。契約満了に伴い退団したときに、心のなかに危機感に近い思いが芽生えた。裸一貫で海外に挑戦することを決めた。

「自分の車は売りましたし、もちろん家具なども日本に残しておく必要もないと思ったので」

ピッチ以外を振り返れば裕福な家庭に生まれ育ち、幼稚舎から大学までを一貫して慶應義塾で、都倉本人の言葉を借りれば「客観的に見れば、両親が敷いたレールに乗っていた」という人生を歩んできた。

だからこそ、何のつてもないデンマークの地で自分を必死に売り込んだ。Jクラブからの獲得オファーはすべて断ってほしい、と代理人には告げて日本を発ったが、残念ながらトライアウトは不合格となった。

傷心の思いを引きずりながら帰国した成田空港の到着ロビーに、コンサドーレの三上大勝GMが待っていた。デンマーク滞在中もコンタクトを取り続けた熱意に打たれ、コンサドーレへの移籍を決めた。


単年度契約をあらため複数年を結んだ理由


もっとも、当時の本音を「能動的ではなく、受動的だった」と都倉は振り返る。札幌のJ2クラブしかいくところがない、とまで自分自身を蔑んでもいたが、抱いていた認識が間違っていたとすぐに気づく。

「ポテンシャルというか成長できる余地が、これほどあるクラブもないんじゃないかと。投資の規模に見合ったクラブになっていないと感じたし、やるからには北海道のスターになろうと思いました」

14ゴールをあげた2014シーズンの終了後には、J1昇格を決めていた松本山雅FCからオファーが届いた。J1でプレーできる価値と、コンサドーレでプレーする意義。熟慮の末に後者を選択した。

迎えたコンサドーレでの3年目。2016シーズンの都倉はチーム最多となる3537分間プレーし、リーグ2位となる19ゴールをゲット。J2優勝と5年ぶりのJ1昇格へと、コンサドーレを導いた。

自分自身が中心となって、チーム全員で追い求めてきた目標を成就させる。30歳にして初めて経験した波瀾万丈に富んだ戦いの軌跡と大団円が、サッカー人生で都倉が貫いてきた主義をも変えた。

個人としても5年ぶりにJ1へ挑む2017シーズンから、それまでの単年度契約をあらため、初めて複数年契約を結んだ。もちろん、安定を求めたわけではない。むしろその逆の考えに導かれたものだ。

前回にJ1へ挑んだ2012シーズンは、連勝ゼロ、年間28敗、勝ち点14などのワースト記録尽くめでJ2へUターンした。今シーズンも一般的なファンの目には、降格候補の筆頭に映るかもしれない。

だからこそ、今シーズンは違うというメッセージを複数年契約に込めた。チームと運命をともにしたうえで、16年ぶりとなるJ1残留へ「それくらい強い気持ちで臨む意思表明」と都倉は説明する。

「後にサッカー人生を振り返ったときに、31歳のシーズンは最高だったと懐かしむことができれば」


15戦目で手にしたアウェイ初勝利の価値


開幕からホームでは8勝4分け3敗と強さを発揮しながら、アウェイでは3分け11敗と対照的な結果を残してきた。ゆえにFC東京からもぎ取った、敵地での“初白星”がもたらす価値は大きい。

「言い方は悪いですけど、開幕当初はJ2しか経験していない選手がほとんどだったので、試合前から会場の雰囲気や相手のネームバリューに圧倒される展開が続いていた。ただ、僕自身は遅かれ早かれ勝てると思っていたし、アウェイに苦手意識があったわけでもない。

そんなに楽にはいかないことは百も承知だったので、その点では目標がぶれることもなく、変に大崩れすることもなくベースの上に自信を積み重ねることができた。選手個々の能力が高いFC東京さんを最初から圧倒して、勝てたことは自分としても自信になります」



これで勝ち点を34に伸ばし、降格圏の16位・サンフレッチェ広島との差を7ポイント広げた。残り4試合。次節でコンサドーレが勝ち、サンフレッチェが負ければ残留が決まる。

「ただ、札幌という都市の規模から考えれば、J1で戦い続けなければいけないクラブのひとつだと僕は思っている。歴史を作るというより、歴史を作るスタートを今年切れればいいかなと」

FC東京戦には、日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督が視察に訪れていた。年代別代表とは無縁の都倉だが、一方で「J1の土俵に立てば誰にでも可能性はある」とも自らを鼓舞してきた。

「来ているのは知っていたので、点を取りたかったんですけど。でも、アシストできたのはゴールに向かったプレーに絡めているからだし、ゴールを外すのもその場所にいるからなので」

すべてをポジティブに考えられるのも、いまの都倉の武器だろう。北の大地で理想とするチームと出会った男は、日本人離れしたパワーと熱き心を全開にして、悲願成就へ向けて突っ走り続ける。
《藤江直人》

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