【THE REAL】湘南ベルマーレ・山根視来が魅せた新境地…曹貴裁監督の“超能力”に導かれた急成長 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【THE REAL】湘南ベルマーレ・山根視来が魅せた新境地…曹貴裁監督の“超能力”に導かれた急成長

オピニオン コラム
サッカー ゴール イメージ(c)Getty Images
  • サッカー ゴール イメージ(c)Getty Images
(c)Getty Images

超能力者から告げられた突然のコンバート


湘南ベルマーレの指揮を執って6年目。まだ記憶に新しい今シーズンを含めて、実に3度もJ1へ昇格させた曹貴裁(チョウ・キジェ)監督は、しばしば「超能力のもち主じゃないか」と言われる。

選手だけでなくクラブのスタッフが抱えている悩みや心配ごとを、ずばりと見抜くからだ。たとえば食事の際に座る位置や、一緒に食べる選手が変わっていると、その瞬間に「あれっ?」と気がつく。

ユースの監督を務めた2006シーズンからの3年間では、預かっている子どものたとえば眉毛のかたちが微妙に変わったことにただ一人気づき、学校や家庭で何かがあったのではと心配したこともある。

選手たちやスタッフの一挙手一投足だけでなく、表情や言葉使いのちょっとした変化を含めたすべてを細心の注意を払いながら注視しているからこそ、いつしか「超能力の――」と呼ばれるようになった。

桐蔭横浜大学から加入して2年目の山根視来(やまね・みき)も、心のなかに抱えていた悩みを曹監督に見抜かれた一人だ。青天の霹靂にも映るコンバートを、だからこそすんなりと受け入れられた。

「今シーズンはひとつ後ろのポジションをやってみないか」

ドリブルを武器としたサイドアタッカーから、最終ラインへのポジション変更。指揮官から打診されたのは、2月下旬の明治安田生命J2リーグ開幕へ向けてキャンプを張っていたスペインの地だった。

「予想ですか? いや、全然していませんでした。それまでディフェンダーなんてほとんどやったことがなかったし、最初は4バックの右サイドバックだと思っていたら、3バックの右だったので……」

ちょっと驚いた表情を浮かべた山根に対して、曹監督は1年の間に変化している点を理由にあげた。

「サイドをずっとやってきて、走力や対人における守備が少しずつよくなってきているから」


攻撃的な選手であることに限界を感じていた


攻撃することが大好きだった、大学時代までの自分にはない武器が備わりつつあると山根自身も実感していた。しかし、プロの世界で生きていく上で、根本的な部分に対する自信が揺らいでいた。

ルーキーイヤーだった2016シーズンは、リーグ戦の舞台に立つことなく終わった。始動してすぐに左足小指のつけ根を骨折した影響もあり、J1で戦う先輩たちをスタンドから見つめ続けた。

横浜F・マリノスの齋藤学をはじめとして、化け物に感じてならないドリブラーがJ1には大勢いた。日々の練習では、浦和レッズから期限付き移籍中の山田直輝のクォリティーの高さに異次元を感じた。

今シーズンから活躍の場を新天地に求めている長谷川アーリアジャスール(大宮アルディージャ)、左利きのテクニシャン・大竹洋平(ファジアーノ岡山)らのパフォーマンスに何度も圧倒された。

「ゴール前で上手い選手たちと自分はやっぱり違うな、という思いがあったというか。自分がこのポジションで何点取るとかではなく、このポジションでこれからもやっていくことに限界を感じていた」

迷いや不安が芽生えていたことは、もちろん誰にも言っていない。だからこそ、スペインの地でコンバートを告げられたことに驚いた。曹監督の超能力によって心のなかを見透かされている、と思わずにはいられなかったのだろう。

「監督から後ろのポジションだと言われて、最初は『何だろう』とは思いましたけど。そう(限界を)感じていた分、特にワーッというのはなかったですね」

未知のポジションに対してわいてくるチャレンジャー精神が、攻撃的な部分で感じていた迷いや不安を相殺し、時間の経過ともに上回っていく。迎えた2月26日のJ2開幕戦。水戸ホーリーホックのホームに乗り込み、1‐0の勝利をつかんだベルマーレの最終ラインでは山根が躍動していた。


初体験のポジションにすぐ順応できた理由


所属しているすべての選手が成長できたと実感しながら、そのシーズンを終えてほしい――初めて監督という仕事に就いた2012シーズンから、曹監督がベルマーレで貫いてきたポリシーだ。

プロが集まる世界で、理想を実現させるのは難しい。試合に出られるのは、交代出場を含めて最大で14人。ピッチに立てない選手のほうが多いし、なかにはベンチにすら入れない選手もいる。

それでも曹監督は練習がマンネリ化しないように常に工夫を施し、一人の人間としての成長を促すために、週3回ほど開催するミーティングではサッカー以外のテーマを進んで取り上げる。

今夏にアルディージャから加入した33歳のベテランで、元セルビア代表の肩書をもつFWドラガン・ムルジャはJ2優勝を決めた10月29日のファジアーノ戦後に、曹監督の日々の指導をこう称賛した。

「試合に出ている人と出ていない人が同じ空気のもとでいつも練習するチームを、プロになってから初めて経験しているよ」

山根に対しては攻撃に対して感じていたストレスを取り除き、なおかつ後方にはゴールキーパーしかいないポジションで、球際の攻防でたとえ食らいついてでも負けないしぶとさ、泥臭さを覚えさせた。

将来的にサイドのポジションに戻ることがあったとしても、ボールを失ってもすぐに取り戻す習慣がついていれば、迷いも不安も感じずにまずは仕掛けることに集中できる。必然的によさが前面に出る。

同じ図式が昨シーズンは3バックの右を務めることが多かった、レッズから期限付き移籍中の岡本拓也にも当てはまる。今シーズンは右のサイドハーフを務めさせる理由を、曹監督はこう説明する。

「武器でもある1対1の強さに加えて、いまのポジションができるようになれば、今後後ろに下がったときにビルドアップの部分などで余裕を感じることもあるので」


湘南ベルマーレが進化を続けられる理由


他チームの試合結果で前日28日の段階ですでに決めていたJ1昇格に、3年ぶりのJ2優勝で花を添えたファジアーノ戦を終えた段階で、山根は34試合、合計3002分間にわたってプレーしている。

特にプレー時間はフィールドプレーヤーでは最終ラインの要、アンドレ・バイアに次ぐ数字であり、連続先発フル出場は「21試合」を継続中だ。それでも、曹監督は守ることだけに特化させない。

「逆に(最終ラインの右から)ボールをどんどんもち出せ、と。チャンスでドリブルをしなかったら『お前、何のためにそこで出ているんだ』と試合中にも言われる。後ろからドリブルで相手をはがせたら、その後にボールを回しているときも楽に感じると思うので」

3バックの左に入る新人の杉岡大暉もどんどん攻め上がる。初めてのポジションだろうが、高卒ルーキーだろうが関係ない。ストロングポイントを全開にさせて、失敗したときには理由を考えさせる。

曹監督のもとで鍛えられ、主力に成長した選手たちがオフになると移籍で抜ける。指導が正しいからこそ直面する試練のもとで、J2を独走で制した2014シーズンを知るメンバーは5人に激減した。

それでも山根のように、選手本人も気づかない新たな可能性を見抜き、シーズン終盤のいまでは適材適所に映るコンバートによって、ベルマーレが大切にしてきた「湘南スタイル」を継続・進化させる。

昇格及び優勝を決めたが、ベルマーレには消化試合は存在しない。残り3試合はさらなる成長を遂げる舞台。「監督は『あと3つしか成長する時間がない』と言っているので」と山根も表情を引き締める。

選手たちに注がれるあふれんばかりの愛情によって、曹監督の慧眼はますます研ぎ澄まされていく。指揮官が放つ熱こそが超能力の源であり、J1への定着を合言葉に挑む来シーズンにおける羅針盤となる。
《藤江直人》

編集部おすすめの記事

page top