ドイツの「フェライン」は、日本語の「クラブ」に直訳できない歴史的な背景をもつ。ドイツのフェラインでは、サッカーだけでなく複数の種目が実施されており(複数種目型は全体の3分の1程度といわれるが、ブンデスリーガに所属するような大きなフェラインには複数種目型が少なくない)、老若男女、様々な世代の人々がまじわる社交の場ともなっている。
この独特の文化は、多くの地域住民のボランティアによって支えられている。しかし、90年代以降、フィットネスクラブやスポーツイベント会社などの台頭によって、フェラインの活動が成立困難になっているという状況もある。
「スポーツに限らず、あらゆる文化が商業化している現代において、若者たちのボランティア離れは深刻です。しかし、そうした状況にも関わらず、ドイツにはまだ90,000のフェラインが存在していることに注目してもらいたいですね。この数には多くのサポーターズクラブも含まれていますが、サポーターズクラブのような組織を誰でもが簡単に設立できるところに、フェラインの良さのひとつがあるのです」
ちなみに、ベルリンSC、ハンブルガーSVの「S」は「サッカー」ではなく「スポーツ」を指す。VfLヴォルフスブルクやVfLメンヒェングランドバッハの「VfL」は「身体運動」のフェラインを意味している。つまり、サッカーだけで成り立ってきたわけではないフェラインの歴史が誇りとされているのだ。
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ハンブルガーSV
こうしたフェラインのアイデンティティには、3つの要素が存在すると釜崎氏は指摘する。
1つ目は“神話”だ。
例えば、内田篤人選手が所属するFCシャルケには、「炭鉱労働者のフェライン」という神話がある。ナチス時代にはヒトラーのイメージ作りに利用された過去もあるが、現在でもシーズンのはじめには選手全員が炭鉱労働を経験する。
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「炭鉱労働者のフェライン」としての神話を持つFCシャルケ。選手も炭鉱労働を経験。
香川真司選手も所属するボルシア・ドルトムントには「反骨のフェライン」という神話がある。かつてサッカーを足癖の悪い遊戯とみなした地元のカトリック司祭が、ゴールを解体したことに反発し、若者たちが自らの信念のために社会参加し、意思表明の場としてフェラインを設立したというのである。反ファシズムの中心地といわれるボルシア広場は今でもサポーターの聖地である。
ちなみに「ボルシア」は「プロイセン」という地名を指す言葉であるが、19世紀の学生組合に好まれていた名前であり、学生たちによって結成された歴史が暗示されている。
宮市亮選手が所属するFCザンクトパウリにも、「反商業主義」という神話がある。2部の下位にいながらも、スタジアムの稼働率は99.4%という驚異的な数字を示している。地元は港の貧困街で、左翼思想の強い地域。反商業主義を掲げているため、マスコットも存在しない。
財政危機に陥ったときには、救済者Tシャツ、救済ビール、ジャズなどの取り組みを通して数多くの寄付金を集めた過去がある。FCザンクトパウリのファンはドイツ国内だけで約200万人、反商業主義への共感者は1900万人にのぼるという。だが、この反商業主義の支持者の数こそが、FCザンクトパウリの商品販売部門での多額の売上につながっているという逆説もあると釜崎氏は指摘する。
「フェラインの物語は、歴史ではなく神話なのです。しかし重要なことは、歴史的に実証できなくても、仮に政治や経済に利用される側面があるとしても、神話という自己規定が彼ら自身のアイデンティティを形成しているのです。そして、このアイデンティティが、企業の投資価値につながっているわけです」
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