1‐1のまま突入した後半アディショナルタイムも、表示された「6分」が終わりに近づいていた。サポーターの祈るような視線は、最終ラインから最前線へポジションをあげていた背番号「22」に注がれる。
いわゆるパワープレー。ハリルジャパンのなかでも屈指の高さを生かして勝ち越しゴールを狙うはずが、自陣からMF山口蛍(セレッソ大阪)が送ったロングボールは左サイドへ流れてしまう。
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そして、ワンバウンドした直後に、吉田は強引に体を入れてボールを支配下に収める。おぼつかないボール扱い。それでも、ゴールラインを割らせてなるものかと、不器用なまでにボールをコントロールする。
「あやうくゴールキックになるところでしたけどね」
必死にこらえる吉田の巨体を、追走してきたイラクの右サイドバック、ワリード・サリム・アルラミが思わず背後から倒してしまう。すかさず韓国のキム・ドンジン主審のホイッスルが鳴り響く。
左コーナーフラッグ付近で獲得した直接フリーキックのチャンス。MF清武弘嗣(セビージャ)の右足から放たれたクロスが、さらにさかのぼれば吉田の踏ん張りが、奇跡のドラマへの序曲となった。
ペナルティーエリアのなかに陣取った日本の選手は実に7人。しかしながら、ゴール中央を狙った清武のボールはイラクの選手に弾き返されてしまう。万事休す、と誰もが天を仰ぎかけた直後だった。
DF酒井高徳(ハンブルガーSV)とともに、ペナルティーエリアの外でこぼれ球に備えていた山口がノーマークで走り込んでくる。そして、迷うことなくダイレクトでボールを打ち抜く。
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右足から放たれた低く、速い弾道がイラクゴールを射抜く。次の瞬間、ほぼ満員で埋まっていた埼玉スタジアムが地鳴りで揺れた。日本のベンチも蜂の巣をつついたように狂喜乱舞している。
あまりにも劇的な幕切れとなった6日のワールドカップ・アジア最終予選の第3戦。タッチライン際のピッチ内に膨らんだ歓喜の輪のなかへ、影のヒーロー・吉田も雄叫びをあげながら飛び込んでいった。
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