VXRSの最終形、ワールドスターの意味をいまさら問う vol.1 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

VXRSの最終形、ワールドスターの意味をいまさら問う vol.1

オピニオン インプレ
VXRSの最終形、ワールドスターの意味をいまさら問う vol.1
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安井行生のロードバイク徹底インプレッション
安井行生プロフィール

VXRSの最終形、ワールドスターの意味を(今さら)問う
もうすぐ型落ちとなる運命のタイム・VXRSシリーズ。最終形であるワールドスターとはいえ、今さらインプレを書く意味なんてないのでは?しかし安井は「今、これを買ってとことん乗り込んでとことん考え抜く。ロードフレームの進化の過程、そしてこれからの行方を考える上で、それは全然ムダじゃない」と涼しい顔。そう、この試乗車は安井が身銭を切って手に入れた私物である。タイムの旧モデルを通して、ロードバイクの『今』と『これから』を鋭くえぐり、ロードバイク進化の過程に時間的な奥行きを与えんとする記念すべき50回!
(text:安井行生 photo:我妻英次郎/安井行生)
2010年をもって、VXRS ULTEAM World Starを最終形とするVXRS系フレームの歴史は終焉を迎える。カタログから落ちることが決定し、各店舗の在庫リストからも姿を消しつつある旧型フレームのインプレッション記事をいまさら掲載したところで、(既存メディアで言うところの) 新製品レビュー的意義はほとんどないことは重々承知している。しかし、おそらく後に 「歴史的名車」 と呼ばれることになるであろう (なにせグランツールのステージはもちろん、オリンピックと世界選手権を何度も勝っているのだ) このフレームの印象とそれについての考察を書き残すことは、これからのロードフレームの行方を考える上で決して無駄とはならないだろう。それに、新しいとはいえ情報だけでは単なる情報にすぎず、本来、記事企画とはそれを垂れ流すだけで成立するものであってはならないし、そこに必ずしも新情報が含まれなければならない、というわけではない。むしろ、スポンサーに迎合して彼らにとって都合のいい情報しか流さず、真実・本質からは目を逸らし価値判断の内包を避け、お決まりのフレーズを連射する 「定型」 に溢れたメディアは、自転車に限らず様々なものごとについての理解を深めたいと願う読者にとって有害無益である。
閑話休題。タイム社は、1986年にクリップレスペダルメーカーとして創業した。TVT社を吸収しつつ93年に初のフレーム、Helix (エリックス) を発売する。これは弾性が異なるカーボンを使って同じ形状のフレームで剛性を変化させるというカーボンフレーム (アルミラグ) で、現在では当たり前となっている手法のパイオニア的モデルだった。1999年、アルミフレームのアルナムPROを発表。後にチェーンステーをカーボン化してカジノチームに供給する。これは 「カジノレプリカ」 と呼ばれ (アルテック2プラスのメインフレーム+カーボンバック)、世界限定500本が販売された。2000年、ボンジュールチームと共に名車VXプロ (当初はボンジュールレプリカと呼ばれていた) を完成させる。これは2002年に一般発売され、「最も進化したカーボンフレーム」 と市場で絶賛される。
2004年に発売された旗艦モデルがVXRSである。初めてフルカーボンラグを採用し、左右非対称チェーンステー、ステム・クランクまで含めたモジュール設計、ISPなど、現在の流行である要素を他社に先駆けて取り入れたエポックメイキングなフレームとして注目を浴びる。その後、この目が飛び出そうになるほど高価なカーボンフレームはマイナーチェンジを繰り返しながらどんどんと熟成されてゆく。
2006年に発表されたVXRS ULTEAMでは、フォークが 「セーフ+」 から 「アヴァンアルティウムセーフ+」 に変更され、フレームに使用されているカーボン繊維が見直される。そしてフロントエンド等へのCMTテクノロジー (カーボンの粉末を圧縮成形する技術) の採用 (=エンドのカーボン化) によって、計125gの軽量化を果たす。
2008年に最終進化型となるVXRS ULTEAM World Starがデビュー。それまでレッド/ブラック一辺倒というイメージだったカラーリングが真っ白になり、68万円という衝撃のフレーム価格を掲げていた (08年当時)。フォークは 「アルティウムパイロットセーフ+2」 となり、フレームの母材 (樹脂) にアルマケ社の特許技術、ナノストレングスを採用。従来のレジンよりも樹脂を分子レベルで強化することができ、耐破断性や耐衝撃性を向上させた。
そして2010年、実に7年間に渡って (2009年からはRXRとツートップで) タイム社の旗艦モデルを務めたVXRSは遂に退役。それは、細身ラグドカーボンフレームの時代が、本当に終わったことを意味する。
全容
スペック
キャプション
最後の細身高性能ラグドカーボンフレーム
タイム独自の「RTM製法」とは?
現在、カーボンフレームメーカーは掃いて捨てるほど存在するが、タイム社のフレームは一般的なカーボンフレームとは全く異なる方法で作られている。カーボン素材をシートではなく繊維の状態でメーカーから仕入れ、糸から編み込んでパイプを作るのである。そうすることで繊維の角度を思い通りに設定でき、またベクトラン繊維を織り込むなどパイプに特性を持たせやすくなる。このようにカーボンシート製造の全ての行程を自社で行っているのは自転車界では数社しか存在しないと言われている (編み込み製法はタイムの他、BMCもimpecで始めた。また、ジャイアントはプリプレグそのものを製造している)。
さらに、タイム社はRTM (レジン・トランスファー・モールディング) 製法を採用する数少ない自転車用カーボンフレームメーカーでもある。ほとんどのカーボンフレームは、フレームのカタチを彫った金型の内側にカーボンシート (カーボン繊維の生地に熱硬化性の樹脂をあらかじめ染み込ませたもの) を貼り付けていき、タイヤキの要領で金型を貼り合わせて加熱して硬化させる。内側からの加圧は内部に挿入したバルーン (風船) を膨らませることで行うことが多い (プリプレグ方式)。
対してタイム社は、まずパイプを少し細くしたような形の芯材を 「蝋 (ロウ)」 で作り、その上に自社で編み込んだ筒状のカーボンを 「履かせて」 いく (タイム社内ではこれを 「靴下方式」 と呼んでいる)。この段階では繊維はまだドライの状態だ。それを金型で挟み込み、樹脂を流し込んで浸透させて圧をかけ加熱、硬化させる。これは樹脂を浸透させるときに繊維内にエアが残る可能性が高い製法だが、エアを除去する技術も高いのだろう。どのようにして圧をかけてどのようにエアを抜くか、というのはおそらく公開されていない (粘度の低い樹脂を使う、負圧をかけてバキュームするなどが考えられるが、YOU TUBEのタイム工場内の映像にもそこだけ映っていない)。
VXRSは、そうして作りあげた各パイプとラグを接着して完成させるラグドフレームである。芯材が固形であるため、フレーム内側のバリ (シワ) が全く残らない。なぜ蝋を使うのかというと、成形後に溶かして吸い出すことができる為である。「ロストワックス製法」 をカーボンフレームで行うと言えば分かりやすいだろう (本当は少し違うが)。よってフレーム内部にバルーンが残留することもありえない。しかしこの製法では、成形毎に芯材を溶かす必要がある (使い回すことができない) ため、一本のフレームにつき一セットの芯材を作らなければならないことになる。手間とカネを食う厄介なフレームである。
芯材にバルーン以外の素材を使用するという製法は、他のメーカーも試みている。例えばメリダはヘッドチューブの成形にシリコンの芯材を使用している。シリコンには弾性があるので、チューブ成形後に引き抜くことができるのだという。また、アメリカのブルー・コンペティション・サイクルズも固形芯材を使用しているらしい (詳しい製造方法は不明)。バルーンでは圧のかけ方や、バルーンそのものやバリの残留が課題として残っているため、「芯材に何を使うか (どのようにして内圧をかけるか)」 はこれから様々な方法が出てくるかもしれない。
明確な意思を感じるジオメトリと興味深いデータ
いち早くインテグラルシートピラーを採用したVXRSだが、上下異径ヘッドやBB30は最後まで採用せず。ピラー径は一般的な27.2mmで、サドル後退量が足りない場合には市販のセットバックピラーを使うことができる (カット等の工作が必要となる場合があるとのこと。ただ、シートピラーは薄いのでそれなりの挿入長さを確保しないと割れる可能性があると思う)。ジオメトリに関してもVXRS系は方向性が明確で、ヘッド角やシート角は平均的だがフロントセンターとリアセンターはかなり短めである (RXR ULTEAMは、フロントセンターがやや長め、リアセンターは他社と比較しても最短クラス、ヘッド角は寝ていてトレイル多め、ヘッドチューブは長め…とVXRSとは異なっている)。また、最小から最大まで全てのサイズを1種類のフォークで賄うメーカーが増える中で、VXRSは小さいサイズのみフォークオフセットを変えている。
そんなVXRSに関する興味深いデータを紹介しよう。クイックステップチームが1年間に渡って酷使したVXRSを回収し、タイム社にて静荷重負荷試験を行ったところ、フレーム各部の剛性にはほとんど変化がなく、むしろ部分的に剛性が数パーセント増していたという。
フレーム成形後の樹脂硬化が原因かと思ったが、樹脂部分はフレームのストレスメンバーに入っていないはずので、違うかもしれない。しかし剛性低下が非常に少ないというのは、何年も乗るであろう一般ライダーにとっては非常に嬉しい (これがタイム製フレームだけの現象なのか、他メーカーのカーボンフレームも同じような変化を示すのかは分からないが)。
ちなみに、シートステーの形状は昔からほとんど変わっていない。筆者のVXプロはもちろん、タイムがカーボンセクションを供給していたピナレロ・マーヴェル (2003~) のカーボンバック部分ともほぼ同じ形状である。VXRSのシートステーは、各時代のトップレーシングバイクの走りを支えてきた熟成の形状を持つ。
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