世界中に感動を与えたワールドカップ戴冠と、ロンドン五輪における女子サッカー初のメダル獲得。昨夏のカナダ大会における準優勝を含めて、歴史に刻んできた功績は未来永劫に色褪せることはないだろう。
一方で弊害も覚悟しなければならない。主力をほぼ固めて戦ってきた2008年の北京五輪以降の戦いがもたらす「負の遺産」は、リオ行きを阻まれた今回の大阪決戦における敗退で早くも顔をのぞかせている。
■釜本邦茂さんの言葉
世代交代が失敗したツケとして、銅メダルを獲得した1968年のメキシコ五輪以降の男子サッカーを引き合いに出した。メキシコ大会で得点王を獲得した不世出のストライカー、釜本邦茂さんの言葉を再び記す。
「部屋から出ていく人と部屋に入ってくる人のギャップが大きかったから、メキシコ後の日本サッカーは落ちていった。ベテランの先輩たちがいなくなったところへ新しい選手が入ってきても、考え方と鍛えられ方が違う。仕方ないか、と言っているうちにどんどん落ちていったという感じでしたね」
実は釜本さんに取材したときに、こんな述懐も聞いている。
「当時の日本サッカー界はお金もないし、集中強化するしかなかった。あとは何もやっていない」
再出発を期すなでしこの今後に希望を見出すとすれば、当時といまとの違いとなる。釜本さんが「何もやっていない」と嘆いた半世紀前とは対照的に、なでしこには次代を担う芽がしっかりと育っている。
2014年春に中米コスタリカで開催されたU‐17女子ワールドカップで、日本は頂点に立っている。いわゆる「リトルなでしこ」と命名された少女たちは「ヤングなでしこ」へと成長し、今秋にパプアニューギニアで開催されるU‐20女子ワールドカップで上位進出を狙っている。
両方の代表を率いる高倉麻子監督を、なでしこの次期監督へ昇格させるルートは規定路線でもあった。女子サッカーの黎明期に活躍し、苦難の時代も知っている高倉氏は打ってつけの存在と言っていい。
就任時期は現時点で未定だが、次の舞台として照準を据える2019年の女子ワールドカップ・フランス大会へ向けて、自らが育ててきた若手を積極的に登用して世代交代を進めていくはずだ。
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深く頭をさげる宮間あや
■若手がなでしこでいきなり結果を出す難しさと期待の星たち
もっとも、年齢制限のない「なでしこ」でいきなり結果を出すのは至難の業となる。既存のメンバーと融合させながら、若さのなかに秘められる無限の可能性を引き出す環境作りが復活への必須条件となる。
その意味で、リオデジャネイロ行きを断たれた後の2戦は、決して消化試合にはならなかった。ベトナム女子代表と北朝鮮女子代表からもぎ取った白星は、なでしこが再出発を果たした証として刻まれる。
年齢的にも、今後の主軸は澤さんの背番号「10」を継承した28歳の大儀見、25歳のDF熊谷紗希(リヨン)、体調不良で今大会には招集されなかった27歳のMF宇津木瑠美(モンペリエ)らの世代へ移っていく。
そして、ピッチの内外で彼女たちをフォローしていく存在も必要不可欠になる。今大会でいえば、岩渕真奈(バイエルン・ミュンヘン)と横山久美(AC長野パルセイロ・レディース)の22歳コンビとなるだろう。
チーム最多の3ゴールをあげた岩渕は、澤さんや宮間に代表される偉大な先輩たちの背中に頼ってきた。しかし、予選敗退という非情な現実を目の当たりにしたいま、彼女の心にはある変化が生じている。
宮間とのホットラインを開通させ、決勝点を叩きこんだ北朝鮮後。岩渕は黎明期から受け継がれてきた、女子サッカーの歴史が凝縮された重いバトンを握る決意をこんな言葉に込めている。
「こうなりたい、と思う先輩たちと一緒にいままでサッカーをしてきた。ここでの経験を生かして、私もそういうサッカー選手にならないといけない」
岩渕や横山と同世代で、2012年に日本で開催されたU‐20女子ワールドカップで銅メダルを獲得した選手たちの多くは、今回のアジア最終予選とほぼ同じ時期にスペインで奮闘していた。
■無念の涙は未来へのエネルギーに
ラ・マンガU‐23(23歳以下)女子国際大会で、日本はノルウェー、スウェーデン、強敵ドイツにすべて無失点で3連勝を飾っている。ドイツは20歳以下での構成だったが、それでも白星の価値は変わらない。チームを率いたのは高倉監督だった。
大阪の地で味わわされた悪夢とともに、ひとつの時代が終わりを告げた。しかし、戦いは待ってくれない。4年後には自国開催となる東京五輪も待つ。下を向くことなく、代表チームは前進していく使命を背負う。
4大会ぶりに五輪の舞台に立てない非情な現実が、佐々木監督のもとで果たせなかった世代交代への引き金となるとしたら。一時代を担ってきた宮間たちが流した無念の悔し涙は、決して無駄なものにはならない。