待望のコルナゴ最強モデル vol.2 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

待望のコルナゴ最強モデル vol.2

オピニオン インプレ
速く、ただ速く、モアパワー、モアスピード!

ただ、昔のLOOKのようにペダルが回転方向に吸い込まれていくほど滑らかなペダリングフィールはない。常に 「踏む・回す」 を強く意識させる。その上、わざとらしい演出やうわべだけの誤魔化しは一切ない。無慈悲に、潔くスピードを上げてゆく。そのかわり、筋肉は音を立てて軋む。しかし、そこがいい。EPSは、実に 「生々しく自転車らしい」 のである。
「効率を高めよ!」 というのは、全てのロードバイク設計の根底に流れる共通した命題だろうが、マドンや586やR3-SLやその他の新世代バイクが 「ウルトラスムーズ」、要するに 「乗り手の脳内から自転車を漕いでいるというイメージを消し去ること (究極的にはライダーが地上1mをただ滑空しているだけの状態を作り出すこと)」 を理想に掲げているように思えるのに対し、EPSの目的は、こう言ってよければ、もっと 「下世話」 だ。「速く、ただ速く、モアパワー、モアスピード」 である。加速をここまで明確な加速として告げ、スピードを唯一の正義としてここまで大っぴらに掲げるバイクは、そうそうない。
586やマドン、それら新世代バイクをカーボン技術力と応力解析力の向上による 「突然変異体」 と呼ぶならば、EPSは、それらとは全く方向性が違う古典派、ロードバイクにおける 「究極の正常進化形」 である。

もちろん、EPSは単なる加速番長ではない。このコーナリングの安定感を味わえば、インテグラル化&オーバーサイズ化の多大なる効果を認めざるを得ない。それらは、EPSにこれ以上ないほどのスタビリティとライントレース性をもたらせているのである。試乗車に装着されていたタイヤ (パナレーサー・バリアントEVO3 PT) のグリップレベルの異様な高さを差し引いても、この大地に根を張ったようなコーナリング・スタビリティは、全く普通ではない。
さらに絶賛するべきはダンシング時の直進性。これはEPSのハイライトのひとつである。全身の筋肉をフル稼働させて、一瞬ブラックアウトしそうになるほど追い込んでもがきまくっても、暴れる身体の下でEPSは矢のように直進し続けるという離れ業をしてみせる。ここまでのナチュラルな操作性やどっしりとした安定性は、エクストリーム・パワーにはなかったように思う。大きく進化している部分である。
どうしたらこのような、フレーム価格60万円を一瞬にして納得させてしまうような設計ができるのか。この細さ (しかも単なる真円断面) のメインチューブでこれだけの剛性を出していること、さらに、その剛性に絶大なるスタビリティとコントローラビリティを与えていることは驚くべき事実である。質の高いカーボン+パイプ内蔵リブが高剛性化に寄与しているのは当然だろうが、リブの太さや長さをサイズによって細かく調整していることやトリプルバテッド加工からテーパー形状になったことが、安定性と扱いやすさに効いていると推測する。
このEPSを走らせてみれば、ISPやインテグレーテッドBB、大口径異形加工チューブ、フレーム重量3ケタグラムなどが高性能車の絶対条件ではないことがよく分かる。EPSのフレーム重量は堂々の4ケタ、1100gである。

ロードバイク動的性能における最高到達地点

欠点はある。低トルク、低速度域ではよさがさっぱり分からないことである。ゆっくりと走っただけなら、ひょっとすれば、「鈍い」 と感じる人もいるかもしれない。常用パワーバンドが極端に低い人は、なぜ僕がここでこんなに絶賛しているのか、全く理解出来ないだろう。でもそれでいい。EPSはゆっくりなんか走らない。
これほどまでの高剛性バイクだから、路面の凹凸はある程度正直に伝えてくる。とはいえ、前作 (エクストリーム・パワー、特に初期モデル) にあった 「貧脚さんお断り」 的雰囲気がEPSでは相当薄まっているのは確かだ。ある程度の脚力の持ち主なら迎え入れてくれる懐の広さがあり、あまりの剛性にたじたじとしてしまうようなことはない。フレーム全体がとてつもなくソリッドなのに、過度の入力を絶妙にいなしてくれるのである。
しかし、決して万人向けではないこともEPSの難点のひとつとしてリストアップできるものだ。あなたがパワフルなスプリンターならコレで決まりだが、もしピュアヒルクライマーなら他のバイクを選択肢に挙げることができるだろう。もちろん、EPSの登坂性能は文句なく素晴らしい。パワーが一滴も無駄にならない。が、ここからは 「味付け」 とか 「思想」 の問題である。
洗練を求めるなら586やR3を (EPSの登りっぷりは男性的で無骨だ)、軽快感が欲しいならターマックSL3や585を (EPSは重厚感のあるクライムをする)、しなやかなバイクが好みならG4やRHM9などを (当然だがEPSはしなやかとは言えない)。
他に候補を挙げることが出来るシーンは、ひょっとすると登坂だけではないかもしれない。万能バイクが欲しいならマドンやFP6、もしくは同じコルナゴの新型であるCX-1 (次回登場予定) を、快適なロングライドをしたいならそれなりのモデルを選んだ方が幸せになれる人は多いと思う。
だが平地スプリントならこれ以外にない。バニシングポイント (消失点) まで真っ直ぐに続く奇麗な舗装路を目の前に想像し、チェーンをアウターに掛け、筋肉を総動員してデカいギアをブン回す。そんな “ロケット点火しっぱなし” 状態のEPSを操るのは、世界一愉しい。これぞ自転車快楽!
そんなこんなで、慣れてしまうとヤバいと思いつつ、結局一週間と少しで300km以上を走ってしまった。585以来、久しぶりにアツくなれるバイクに出会ったからだ。仕事を終えてから乗って帰る途中、どうにも止まらなくなって自宅を素通りし、そのまま一晩中サルみたいに走り回っていたこともあった。まるでアホ学生に戻った気分だった。

しかし、とても抽象的な言い方になるし、あくまで個人的な印象にすぎないが、EPSはその意識下で、「ライディングを通して己の限界を見ようとしない者 (少なくとも、そうすることの愉悦を知ろうとすらしない者) に乗る資格はない」、と拒んでいる (ように思える)。名刀が心得のない者の扱いを拒むように。
単純に圧倒的な性能がそう思わせるのか、自分の脚力が見合わなかったのか、言葉では説明不能な精神的・心理的・霊的なものか、それは分からない。 これは、「速い遅い/軽い重い/良い悪い」 といった数値化可能な性能の、さらに 「上位にある概念」 である。確かなのは、扱いやすくはなっているとはいえ、ホンキで走ってこそのEPSである、ということだ。人によっては、すぎたるはなお…と言われても仕方がない、ということだ。一般レベルのライダーの乗車ではまったくの役不足だ。完全なオーバークオリティだ。健康のためにサイクリングを楽しむことだけを目的とする人がEPSで川べりをノロノロと走っている光景を見たら、僕は決していい気分にはなれない。こんな乗り物でチンタラ走って楽しい訳がない。
これは、スポーツバイクの範疇を完全に超えた、本当の意味でのレーシングバイクである。「コレハ訓練ニアラズ」。常にそういう気分で乗る硬派な本物のロード乗りにこそ相応しい。
世に出るEPSの一体何台が、このポテンシャルの全てを発揮できるだろうか。一体何台が、その能力の全てを開放させる喜びに震えることがあるだろうか。一体何台が、相応しいオーナーと巡り合えるだろうか。インプレ最終日、編集部に向かうEPSのラストランで僕はそれを思い、なぜか憐憫の情が湧いた。
誰が何に乗ろうが自由だし、僕がこんなことを言う権利もないし、エンジニアがそんなことをウジウジ考えていたらこんな突き抜けたバイクは決して作れなかっただろう。しかし、レーシングロードバイクという乗り物に敬意を払うつもりがおありなら、諸氏、注意されたし。
(僕がコルナゴの社長なら、ビジネスとして成立しないことを承知の上で、購入条件に 「○○ワット以上の出力を○分間維持できる者」 という縛りを設けたい)
…兎に角。乗る資格がある人もない人も、買う財力がないならば不用心に跨らない方がいい。少しホンキになってペダルを踏んだ瞬間、あなたがいままで築きあげてきたロードバイクに関する価値観がガラガラと崩れ去ってしまう。「結局は脚だぜ」 と非常に男らしい美学を未だに貫かれている方も多いだろうが、ならばこのEPSにボーラを履かせて、コーナー立ち上がりでフルスロットルをくれてやるといい。それでもまだ、そんなノンキなことが言えるだろうか?
純粋な動的性能で言うと、あの○社の○○や○社の○○より上、EPSの居るレベルはおそらく現時点でのロードバイクにおける最高到達地点だろう。これは、僕がロードバイクに贈る最大級の賛辞である。古典的なメソッドに沿ってはいるが、それを極限まで突き詰めたコルナゴの正統派エンジニアリングによる、不純物を一切含まない、究極の結晶である。「高出力域の動的性能」 というフィールドに限定すれば、これ以上のバイクはほとんど存在しない。
あぁ、迂闊に近寄るんじゃなかった。
《》
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