敵地のゴール裏をオレンジ色に染めたサポーターが、自分だけを見つめている。勝利を報告すると、おもむろに拡声器を手渡された。熱い視線と降り注いでくる声援が、何かしゃべれと要求している。
予期せぬ事態に直面したとき、頭のなかが真っ白になるとよく言われる。2016年2月27日。大宮アルディージャのボランチ、岩上祐三の思考回路はフリーズを余儀なくされていた。
「いやぁ、あんな展開になるとは思わなかったので。ノープランだったし、本当に訳がわからなくなって」
■話すことが何もない
FC東京のホーム、味の素スタジアムに乗り込んだJ1開幕戦。0-0で迎えた後半24分。岩上の左足が押し込まれ続けた状況に風穴を開け、昇格チームに唯一の白星をもたらすゴールを生み出した。
DF和田拓也の縦パスに反応したFWドラガン・ムルジャが、右タッチライン際を抜け出す。後半に入ってシュートがゼロの状況が続いていたにもかかわらず、この瞬間、岩上はゴールの匂いを感じ取っていた。
「あの時間帯は相手の運動量が落ちてくる。もちろん自分たちもキツいけど、だからこそスプリントをしっかりかけようと」
敵陣を深くえぐったムルジャが、マイナスのクロスを送る。ファーサイドに詰めていたFW家長昭博が、利き足の左足を合わせる。FC東京の右サイドバック、橋本拳人が必死の形相でブロックに飛び込んでくる。
ボランチの位置から相手のペナルティーエリア内へ。駆けあがるスピードを一気に加速させていた岩上の脳裏には、さまざまな思いが駆け巡っていた。
「最初は『アキさん(家長)、決めてくれ』と。そうしたら、上手く僕の目の前に転がってきたので、その瞬間に『もらった』と。迷うことなく左足を振り抜きました」
橋本のブロックに弾かれたこぼれ球を、ゴール左隅へ豪快に突き刺す。NHK BS1で生中継された一戦。殊勲のヒーローは、試合終了直後のインタビューで歓喜の声を全国へ伝えた。
この間にチームはサポーターへの挨拶を終えていた。松本山雅FCから新加入した岩上をひとりで挨拶にいかせるのは忍びないと、リザーブのGK加藤順大がつき添い、向かった先で冒頭の事態に直面したわけだ。
「話すことが何もないんですけど…」
はにかんだ表情を浮かべながら、偽らざる思いを拡声器越しに伝えた。それだけで十分だった。さらにボルテージを増した声援が岩上を包み込む。名実ともにアルディージャの一員になった瞬間だった。
■移籍で揺れ動いた26歳の心
2年半にわたってプレーした松本山雅で、戦う姿勢を骨の髄まで叩き込まれた。原点はひたすら「走る」こと。反町康治監督をはじめとする首脳陣が「ドSに見えた」と岩上は笑ったことがある。
もちろん、『ドS』には感謝の思いが込められている。開幕前のキャンプ。ボールを使うことなく、一日に走破する距離が十数キロにもおよんだ日々の積み重ねが、いま現在を支えるバックボーンになっている。
「この表現がいいか悪いかはわからないですけど、とにかく走らされたし、それが自信にもなっている。ソリさん(反町監督)には感謝の言葉しかないですし、大宮に移籍したからそういうものがなくなるのではなく、しっかりと引き継いでいかないと」
Jリーグが発表したトラッキングデータで、2015シーズンにおける岩上の総走行距離はJ1全体で3位となる386.41km。J2へ降格した松本山雅のなかで、389.34kmで1位となったDF田中隼磨ともに気を吐いた。
迎えたオフ。契約を残していた岩上のもとに、J1へ昇格するアルディージャからオファーが届く。松本山雅への愛着。反町監督への恩返しの想い。そして、J1へのこだわり。26歳の心は大きく揺れ動いた。
完全移籍が発表された昨年のクリスマス。岩上は松本山雅の公式サイトを通して、断腸の思いの末に下した決断だったことをつづっている。後ろ髪を引かれる思いが、痛いほどに伝わってきた。
「それがないと言ったらもちろん嘘になるし、個人としてはJ1でプレーしたいという気持ちもあった。ソリさんともいろいろと話したなかで、最後は『頑張れ』と後押ししてくれた。僕の思いを尊重してくれたことは嬉しかったし、何よりもしっかりとした覚悟をもって大宮にくることができました」
【次ページ 用意された背番号は「10」】
《藤江直人》
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