カンボジア代表(9月3日・埼玉スタジアム)、アフガニスタン代表(9月8日・イラン)と対戦するワールドカップ・アジア2次予選へ向けて、8月31日から埼玉県内でスタートしている日本代表合宿。初日の練習を終えた取材エリアで、メディアからこんな質問が飛んだ。
――浦和の武藤選手もブレークしました。もう一度活躍して、代表での存在感を取り戻したいという思いはあるのでしょうか。「武藤はオレだ」と。
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武藤嘉紀
■もうひとりの武藤
国内組だけで臨んだ8月の東アジアカップ。北朝鮮、韓国、中国を相手にひとつの白星も挙げられず、最下位に甘んじたハリルジャパンのなかで、26歳にして初めて日の丸を背負った武藤雄樹(浦和レッズ)は2ゴールをマーク。大会得点王となり、その存在感を日本中へ知らしめた。
今シーズンからレッズへ移籍した武藤雄は、ファーストステージだけでベガルタ仙台での4年間でマークした通算6ゴールを上回る大ブレークを果たす。レッズの無敗でのファーストステージ制覇の原動力になり、いま現在ではゴール数を2桁に到達させている。
もっとも、ベガルタでインパクトを残せなかった自身の現在地を理解していたからか。レッズでの初ゴールをあげて、勝利に導いた4月18日の横浜F・マリノス戦後には、ホームの埼玉スタジアムを埋めたサポーターに向かってこう絶叫している。
「じゃないほうがやりました!」
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東アジアカップの武藤雄樹
おりしも、プレミアリーグの名門チェルシーから届いたオファーが表面化した、当時FC東京の武藤嘉の去就をめぐるフィーバーが沸きあがっていた。
慶應義塾大学経済学部に籍を置いたイケメンJリーガーとして脚光を浴びた武藤嘉は、ルーキーイヤーだった昨シーズンにプレー面でも大ブレーク。Jリーグの新人最多記録に並ぶ13ゴールをあげ、大抜擢された日本代表でもアギーレジャパンの第1号得点者として名前を刻んでいる。
偶然にも同じ姓である若きスター候補生を意識しながら、武藤雄は自らを鼓舞する意味を込めて「じゃないほうの」という自虐的なフレーズを口にしたのだろう。
一方でいつしか「本家」とされた武藤嘉は熟慮を重ねた上に、チェルシーではなくマインツを新天地に選んだ。史上ふたり目となる、デビューからの2シーズン連続2桁ゴールを置き土産にドイツへ旅立ったが、日本代表におけるゴール数では現時点で武藤雄に逆転されている。
説明がやや長くなってしまったが、そうした状況を踏まえて、冒頭で記した質問が飛んだわけだ。
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果たして、武藤嘉は一瞬だけ苦笑いを浮かべる。その間に必死に答えを考えていたのだろう。背筋をピンと伸ばしたまま、質問した記者をしっかりと見つめながら「全然そんなことはないです」と言葉を紡いだ。
■敵を作らない能力
「武藤(雄)選手は非常にいいプレーヤーですし、自分とは違ったよさもあると思うので。自分(の姓)が武藤というのは特に関係ありません。自分は浦和の武藤選手をリスペクトしていますし、オフ・ザ・ボールのときの動きや中へ入って動きは本当に素晴らしいものがあります。そこは見習っていきたいと思います」
一聴すると、神経を逆なでされかねない質問となる。それでも爽やかに、最後は笑顔を輝かせながら質問者が望むコメントを口にする。
これこそが敵を作らない能力。メディアだけではない。監督やチームメイト、スタッフ、サポーターを含めて、周囲にいる誰からも武藤嘉が愛されてきた理由がこのやり取りに凝縮されていた。
【武藤嘉紀を新天地マインツでも成長させる力 続く】