【山口和幸の茶輪記】6月に全日本選手権が開催される伊豆大島…次世代の選手に期待 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【山口和幸の茶輪記】6月に全日本選手権が開催される伊豆大島…次世代の選手に期待

オピニオン コラム
2016年1月に開催されたアジア選手権ロードレース
  • 2016年1月に開催されたアジア選手権ロードレース
  • アジア選手権では椿の女王が表彰式などを手伝った
  • ナショナルチームの浅田顕監督が小学生たちにレースの魅力を伝える
  • アジア選手権でジュニアチャンピオンになった下山美寿々も地元特産の伊勢エビ汁であったまる
  • コース脇にはブルーラインが敷かれているので迷うことなくコースを実走できる
  • 【山口和幸の茶輪記】6月に全日本が開催される伊豆大島…次世代の選手に期待
  • 【山口和幸の茶輪記】6月に全日本が開催される伊豆大島…次世代の選手に期待
  • 三辻利弘・大島町長は「2020東京五輪時の合宿地にピッタリ」とPR
一足早い春が楽しめる伊豆大島は、椿(ツバキ)が咲き乱れるこれからがベストシーズン。リオ五輪の国別出場枠を争ったアジア自転車競技選手権も開催され、島民の温かな声援につつまれた。国際大会でトップ選手の走りを見た子どもたちの目が輝いていたのも印象的だ。

アジア選手権期間中のとある日、日本代表選手たちが拠点とする宿泊施設を遠巻きにして、中学生の女子ふたりがソワソワしていた。声をかけると日本代表のジュニア選手が大好きになって、サインをもらいたいのだという。その数日前、日本ナショナルチームは浅田顕監督がジュニア選手を引き連れて、ふたりが通う大島二中を訪問。自転車ロードレースの魅力を生徒たちの前で語っていた。


ナショナルチームの浅田顕監督が小学生たちにレースの魅力を伝える

島の純朴な女子中学生にとって、緊張しながら並んだ若き選手たちは少しだけ年上のアイドルに見えたとしても不思議じゃない。さらにその後に実際のジュニア男子ロードレースを沿道で観戦し、その迫力とスピードに圧倒されてしまったら、追いかけたくなる衝動に駆られるのも理解できる。女のコのときめきはもう止まらない。サインのひとつもほしいし、思いっ切り勇気を出して隣に並んで写真を撮りたいわけだ。

2013年10月に襲来した台風で大規模な土砂崩れによる被害を受けた伊豆大島。復旧・復興を支援するため、東京都が観光復興支援として宿泊者に補助金を交付。2016年3月末まで延長して観光客誘致を図っている。ただしリゾートと言うには宿泊施設や飲食店は一様に老朽化し、心浮かれるような華やかな気分は現地で感じられない。もちろんそんな落ち着いた雰囲気が好きな人もいて、それが大島の魅力でもある。

■海産物とサイクリングが楽しめる大島

離島というのはサイクリストにとって最高のフィールドだ。週末でも行楽のクルマが集中することなく、どこかのんびりした雰囲気がある。港町があり、海産物もたっぷり。おまけに伊豆大島なら走りごたえのあるアップダウンがあり、三原山へのヒルクライムにも挑戦できる。

椿まつりに合わせた季節限定航路として就航する神奈川県横須賀市の久里浜港から高速ジェット船を使えばわずか1時間。自転車を輪行袋に収納して持ち込む必要はあるが、桟橋から船まで担いでいくだけだ。東京・竹芝や横浜大桟橋に就航する大型客船なら自転車をそのままの状態でも持ち込める。伊豆大島には一周道路がグルッと走っていて、その距離はおよそ50kmだ。三原山を抱く火山島だけにアップダウンは意外とあり、なかなか走りごたえがある。


大島をサイクリング

日本で5回目の開催となるアジア選手権がどうして伊豆大島で開催されることになったのか。それは2020年東京五輪をにらんでの東京都とその関連団体の施策だ。競技役員や運営スタッフなどの経験のためにもプレイベントとして国際大会を開催してみたかったのだ。

その一方で、アジア選手権はエリートからジュニアまで、さらに障害者のパラサイクリングを含めるとロード競技だけで6日間の開催になる。そんな長期間の交通規制は東京都ではなかなか候補地がない。そんな状況で白羽の矢が立ったのが東京都大島町。つまりこの伊豆大島だった。

■6月に全日本選手権が開催

6月25日・26日には全日本自転車競技選手権も開催される。今回のアジア選手権と同じコースが使用されるが、一周11.9kmのコース脇にはブルーラインが引かれ、自転車を持ってそこを訪れればだれでも実走できる。アジア選手権の選手たちに熱くなった島の子どもたちも自分の自転車でコースにチャレンジしている姿が思い描ける。そして「やっぱり通学自転車じゃダメだ」と気づき、「選手のようにカッコいいロードバイクがほしい」となる。

毎年10月にジャパンカップという国際大会を継続開催している栃木県宇都宮市では、有力選手が多く輩出されるようになった。きっかけは1990年に世界選手権ロードを誘致したこと。つまりなにごともきっかけ作りだ。この伊豆大島からもツール・ド・フランスで活躍するような選手が登場することを期待してならない。
《山口和幸》

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