「師匠、ところで今日はどの山に登るのでしょうか」
待ち合わせ場所で、「山の師匠」こと、山本さんに尋ねた。この時点で、本日登る山の名前を聞かされていない。「何て名前の山だったかなぁ」筆者の問いに、山本さんはお茶目な答えを返してきた。山の師匠曰く、その山にはMTBの練習で何度も登っているらしいのだが、名前を失念してしまっていた。
「あの山の向こうにあるんだけど」
そう言って山本さんは、そこから見える御前山の奥を指差した。だが、そこに山の姿はなかった。
◆MTB経験者向けコースを歩く
水戸方面に車を走らせ、国道123号沿いにある「道の駅・かつら」付近を右に折れる。そのまま道なりに進むと、「ここだ、ここだ」と山本さんが停止を促す。車を停めた場所に、「大天狗」と書かれた標識がある。ここからは徒歩で林道を歩いた。
林道沿いには沢が流れており、その流れる音が耳に心地よく響いてくる。杉の木に囲まれた森の中はやや暗く、どことなく神妙な雰囲気が漂っている。昨晩まで降っていた雨が草木の葉を濡らし、そのうっすらとした光沢が妙に艶かしかった。
沢沿いの林道をしばらく歩くと、わかりにくい分岐点が。山本さんの後に続いて、分岐を折れ、急な斜面を登っていく。ここから先の道は踏み跡はあるが少々わかりにくい。道の両脇に草木がせり出し、更に道をわかりにくく、歩きにくくしている。それでも、山本さんは戸惑うことなく先へ進んでいく。登り慣れていないと、こうはいかない。山本さんは、こんな道をMTBで走っているのか。
「この山はMTBの経験者向けのコースですね。さすがにこの辺は自転車を担いで歩きますよ」山本さんの言葉に「なるほど」と納得する。
◆その山の名は…井殿山。
草木をかき分けながら歩いていくと、途端に見晴らしの良い場所に出る。木々が伐採された跡が生々しいが、眺めはなかなか良い。曇天の空の下に、遠くの山々が美しい姿を見せてくれた。どこの山だろうかと山本さんに尋ねると、おもむろに地図とコンパスを取り出し、方角を調べだした。「方角的には、奥久慈の山かな」さすが筆者の山の師匠である。登る山の名前をど忘れしても、こうした準備に怠りはない。
伐採跡地から歩いて数分のところに、「井殿山」と書かれた標識を見つけた。「あ、井殿山って名前だった」頂上の標識を見て、ようやく登り慣れた山の名前を思い出した師匠であった。
《久米成佳》
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