「といっても、去年のいまごろはどこからも声がかからない状況だったんですけどね」
サッカー部は関東大学リーグ2部の所属。日本大学高校時代もほとんど実績を残していない。そのわずか数カ月後にシンデレラストーリーの幕が開けるとは、誰よりも富樫本人が夢にも思っていなかったはずだ。
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富樫敬真
■横浜F・マリノスから大学サッカー部への要請
運命を変えたのは横浜F・マリノスを襲った故障禍。練習の人数が足りないと、2006シーズンから業務提携を結んでいた関東学院大学サッカー部へSOSが入る。何人かが呼ばれた練習生のなかに、富樫もいた。
迎えたFC東京との練習試合。右コーナーキックから豪快なヘディング弾を決めた富樫を見て、マリノスを率いるフランス人のエリク・モンバエルツ監督が唸った。
「彼は本物のフォワードだ」
サッカー部に所属したままJクラブの公式戦に出場できる、JFA・Jリーグ特別指定選手としてマリノスに登録されたのが8月5日。そして、J1のピッチに立つ瞬間が訪れたのは9月19日。相手は同じFC東京だった。
「練習試合のことを思い出して、同じことが起こるかもと、軽い期待はしていたんですけど」
後半28分から伊藤翔に代わってワントップに入る。両チームともに無得点のままで迎えた同43分。左サイドからMF中村俊輔があげた絶妙のクロスに、これ以上はないタイミングでゴール前へ飛び込む。
滞空時間の長いジャンプから、上半身を強く前へ押し出して豪快なヘディング弾を見舞う。JFA・Jリーグ特別指定選手では史上3人目となるデビュー戦での初ゴールが勝利を導き、プロになる夢もかなえた。
ホームの日産スタジアムのゴール裏を埋めたマリノスのサポーターへ対して、自己紹介とばかりに左胸を何度も叩く。夢心地にいる本音を、当時の富樫は初々しい言葉と口調で説明している。
「まさかこうなるとは。監督からは『思い切りやれ』と言われたことしか覚えていません。こんなにも多くのサポーターの方が一緒に喜んでくれる瞬間は、僕のサッカー人生ではなかった。いまでもゴールした瞬間が鮮明に思い出されて、まだフワフワしている感じがします」
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