【THE REAL】代表100キャップ獲得も通過点…FW岡崎慎司を愚直に前進させる野望と盟友の背中 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【THE REAL】代表100キャップ獲得も通過点…FW岡崎慎司を愚直に前進させる野望と盟友の背中

オピニオン コラム

岡崎慎司がサッカー日本代表通算100試合を達成(2016年3月29日)
  • 岡崎慎司がサッカー日本代表通算100試合を達成(2016年3月29日)
  • 岡崎慎司がサッカー日本代表通算100試合を達成(2016年3月29日)
  • 岡崎慎司 参考画像(2016年3月24日)
  • 岡崎慎司、オーバーヘッド決勝弾(2016年3月14日)
  • 岡崎慎司(中央)(2016年3月19日)(c)Getty Images
  • 岡崎慎司とジェイミー・ヴァーディ(2015年8月25日)
  • 岡崎慎司 参考画像(2016年2月2日)
  • 岡崎慎司 参考画像(2016年2月27日)
日本代表のMF本田圭佑(ACミラン)によれば、バヒド・ハリルホジッチ監督はFW岡崎慎司(レスター・シティー)に心の底から惚れ込んでいるという。

3月29日に埼玉スタジアムで行われた、シリア代表とのワールドカップ・アジア2次予選を直前に控えたミーティング。指揮官の興奮した口調を思い出しながら、本田は思わず表情を綻ばせている。

「徹底的にオカ(岡崎)のことを褒めていましたからね。選手全員の前で、それこそ褒め殺すくらいにオカの偉業を称えていた。キャプテンに相応しいから、今日はオカにキャプテンマークを渡すと」

果たして、左腕に真っ赤なキャプテンマークを巻き、シリア戦でワントップとして先発出場した岡崎は、国際Aマッチで通算100試合出場を達成。日本も5対0で快勝し、グループEの1位で9月から幕を開ける最終予選へ駒を進めた。

152試合のMF遠藤保仁(ガンバ大阪)、122試合のDF井原正巳(アビスパ福岡監督)、116試合のGK川口能活(SC相模原)、110試合のDF中澤佑二(横浜F・マリノス)に次ぐ歴代5人目の大台到達で、フォワードの選手としては初めてとなる。

99試合目となった3月24日のアフガニスタン代表戦の前半終了間際には、相手の股を鮮やかに抜くターンから通算48ゴール目となる先制点をゲット。日本を5対0の快勝に導く呼び水となった。

歴代1位の釜本邦茂の75ゴールはまだはるか先だが、同2位の三浦知良(横浜FC)の55ゴールは完全に射程距離にとらえた。もっとも、岡崎の真骨頂は数字では表せない部分にある。

フォワードとしては決して大きくない174cm、76kgの体に無尽蔵のスタミナを搭載。後方からのロングパスに、味方にスペースを作り出すために、ボールをもつ相手を追うために精根尽きても走り回る。

究極の献身性ともいうべき姿勢が、岡田武史、アルベルト・ザッケローニ、ハビエル・アギーレ、そしてハリルホジッチの歴代日本代表監督を魅了。迷うことなく、メンバー表に岡崎の名前を書き込ませてきた。

「代表で100試合出場なんて、そうそうにできることじゃない。それだけすごいことをやってのけたと、オカは書かれるべきだと思っている」



本田圭佑 参考画像(c)Getty images



岡崎と同じ1986年生まれの29歳で、岡崎よりも早くA代表デビューを果たした本田が再びまくし立てる。本田もシリア戦で80試合出場を果たしているだけに、3桁に到達することの価値を理解しているのだろう。

もっとも、100試合に至るまでの軌跡を振り返れば、岡崎が決して順風満帆な道を歩んできたわけではないことがわかる。むしろ、逆風にさらされる時期のほうが多かったと言っていい。

例えば27試合目となった2010年5月30日のイングランド代表との国際親善試合。ベンチスタートとなった岡崎は、それまで務めてきたワントップに失格の烙印を押されている。

ワールドカップ南アフリカ大会を直前に控えた日本代表は、極度の不振にあえいでいた。壮行試合となった韓国代表戦で0対2の完敗を喫すると、岡田監督は大ナタを振るう決断を下す。

まずは精彩を欠いていた司令塔・中村俊輔(横浜F・マリノス)を外した。その上で、フォーメーションを「4‐2‐3‐1」から、阿部勇樹(浦和レッズ)をアンカーにすえた「4‐1‐4‐1」に変更する。

ボールをつないで相手の守備網を崩すスタイルから堅守速攻型へ。攻撃の起点となるワントップにはボールキープに長け、フィジカルも強い本田が指名された。

フォワードが本職ではない本田は、グループリーグの3試合で2ゴールをマーク。日本を決勝トーナメントへ導く大車輪の活躍を演じる。ベンチで見つめていた岡崎は、しかし、決して落胆していなかった。

「先発で出られるのは個の力で状況を打開できる選手。僕にはそうした能力がないと言い聞かせていた。実際、自分がボールをもらっても選択肢がなかった。今回のワールドカップは気持ちを切り替えて、この状況ならばサイドで出場したほうがチームのためになる、途中からピッチに入って流れを変える役目を果たすことに専念した」

待ち焦がれていた初めてのワールドカップ。忸怩たる思いを胸の奥底に封印し、いかにしてチームに貢献できるかを考え抜いた日々だったと、大会後に岡崎は明かしている。

迎えたデンマーク代表とのグループリーグ最終戦。後半26分から途中出場していた岡崎は、終了間際にダメ押しとなる3点目をゲットする。シュートを打つと見せかけて、体勢を崩しながらゴール前にフリーで走り込んでいた岡崎にパスを送ったのは本田だった。

「ほんのちょっとの確率で、パスが来るかなと。普通は(本田)圭佑がシュートを打ちますよね。流れが圭佑のものだったし、あそこでパスを送るのはシュートを決めるよりも難しい。ただ、自分も救われた形にはなった。ワールドカップの舞台でゴールを決めることができた喜びというよりは、未熟者ながら何とか結果を残せて本当によかったと。自分がただひとつ貢献できたことと言えば、あのゴールですから」

遠く離れた日本を歓喜の渦に巻き込んだゴールを、岡崎は本田への感謝の思いを込めながら振り返った。一方で本田は自戒の念を込めて、こんな言葉を残している。

「あそこでシュートを打たないワントップは失格だ」

決して本心だけではなかったことは、笑顔を弾けさせながら岡崎に抱き着いた直後のシーンが物語っている。おそらくは自らがポジションを奪った岡崎へ、エールを込めたパスだったのだろう。


(次ページ 本田圭佑を羨ましく思った若き日)
《藤江直人》

編集部おすすめの記事

page top