ペドロヴィッチ監督も森崎和のアイデアに賛同する。さらに指揮官自身も、前線を佐藤寿人のワントップとし、背後にふたりの攻撃的MFを並べる陣形を提案。試行錯誤が繰り返される中で「可変システム」が熟成され、相手チームの脅威となっていった。
攻撃時には前線に5人の味方が並ぶ。必然的に縦パスを入れるコースが増え、パスが通れば相手のマークが集中して、その分だけスペースが空く。味方同士の距離も近く保てるから、変幻自在なコンビネーションが生まれる。
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もっとも、サッカーは自分たちがペースを握る時間帯と、相手チームの時間帯が交互に訪れるスポーツでもある。後者になったとき、現在は浦和レッズを率いるペドロヴィッチ監督は、さらに前へプレッシャーをかけろと指示を出した。
「攻撃は最大の防御」という格言が体現されたケースも確かにあったが、不必要な失点が増えたのも事実。前任者のもとではスペクタクルなサッカーが展開されたものの、タイトルという果実を得ることはなかった。
■2012年から森保一が指揮を執る
迎えた2012年シーズン。契約更新が見送られたペドロヴィッチ監督の後任として2007年9月から2年あまり、コーチとしてペドロヴィッチ監督を支えたクラブOBの森保一氏が招聘される。
コーチとして「可変システム」が産声をあげる過程に携わった森保新監督は、ペドロヴィッチ前監督が敷いた路線を踏襲。その上で、自らの色を少しだけ上塗りした。前任者との違いを、森崎和が説明する。
「森保さんが監督になって変わったのは守備の部分。特に流れが悪いときに、それまでなら攻めてリズムを取り戻そうとしていたんですけれども、悪い時間帯のときには守備で相手の攻撃をしっかりと受けて、自分たちの流れが再びくるまで我慢し続けようと。その意味で我慢の部分が今シーズンは際立ってよかったし、それが最少失点につながったのかなと思っています」
自分たちの時間帯ではないと判断すれば、「5‐4‐1」に変わった陣形を自陣深くに下げて、相手が攻め入ってこられない強固なブロックを形成。流れが変わるまで、ひたすら耐える。
実際、ライバルクラブの選手からは「平気で全員が下がって守ってくるからね」と、半ばあきれたようにサンフレッチェの戦い方を揶揄する声が届く。それでも、やはりサンフレッチェには馬耳東風となる。
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森保一監督
勝つことで雑音を封印してみせる。サンフレッチェの選手たちは体を張って泥臭く守り、流れが悪いときはマイボールになっても決して無理をしない。森崎和と千葉の間で繰り返されるパス交換は、他の選手たちに発せられた「慌てるな」のメッセージでもある。
焦れた相手が食いついてきたら、その裏に生じたスペースへサイドの選手を走らせ、ロングパスから局面を打開すればいい。屈指の走力を誇るベルマーレを、ホームのエディオンスタジアム広島に迎えたセカンドステージ最終節は、計算し尽くされたサンフレッチェの戦法がゴールラッシュを導いた一戦でもあった。
最終的なスコアは5対0。総走行距離で110.802kmに対して115.493km。スプリント回数では136回に対して192回と後塵を拝しても、前のめりになるベルマーレを手のひらの上で転がせた。
どんな状況になろうとも、ピッチ上の11人が共通した絵を描ける。全員が自立している点がサンフレッチェの強さであり、よりどころとなる「可変システム」にもたらされた恩恵といっていい。
【サンフレッチェ広島を最強たらしめた可変システムと現場監督 続く】