「今日は少しだけ汗をかこう」
■わずか25分で終わった初練習
23日から大分市内でスタートしたミニキャンプ。初日はランニングと室内でのストレッチ、わずか25分で終わった。歴代の日本代表監督の初練習ではおそらく最短となるが、異例だったのはそれだけではない。
ランニングではハリルホジッチ監督が先頭になって走り、コーチ陣や通訳、日本サッカー協会の霜田正浩技術委員長も加わっている。最後は周回遅れになりながらも完走した62歳の指揮官からの発案だったと、霜田技術委員長は苦笑いしながら明かす。
「監督にとってはいつものことのようです」
自分たちはファミリーだ。全員参加を求めたランニングには、ハリルホジッチ監督の熱いメッセージが込められていた。だからといって、和気あいあいとした雰囲気に包まれるだけではない。
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バヒド・ハリルホジッチ監督
2日目の午前中に行われた、守備をテーマにした約1時間のミーティング。スクリーンに映し出された映像には、惨敗した昨夏のワールドカップ・ブラジル大会や準々決勝で敗退した先のアジアカップにおける戦いから、失点や黒星につながった場面がいくつもピックアップされていた。
ハリルホジッチ監督は頻繁に映像を止めて、「ここがダメなんだ」と語気を強めた。ボールを持っている相手への寄せが甘く、球際のせめぎ合いでも負けている映像が数多く含まれていたことに、FW岡崎慎司(マインツ)は深く感銘を受けたと明かす。岡崎自身、いまの日本代表に何が足りないのかを常に考えてきたという。
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岡崎慎司(2015年)
「僕も考えついたのは『激しさ』でした。自分たちらしいサッカーとか言う前に、やらなきゃいけないことがあると思っていたので。そういう点を変えてくれるはずだし、自分もそこに向かってやっていきたい。すごくワクワクする感じです」
その日の夕方から行われた練習は、冒頭15分間以降が非公開となった。閉ざされた空間のなかで、ハリルホジッチ監督の陣頭指揮のもとでプレスのかけ方が修正された。いつかけるのか。まず誰がいくのか。どれくらいかけるのか。最終的にはどこでボールを奪うのか。
■必要なのは明確な指針とリーダーシップ、カリスマ性
来日したのが今月13日。時差ぼけも何も関係なく、ハリルホジッチ監督はほぼ無休でミニキャンプへの準備に時間を割いてきた。MF長谷部誠(フランクフルト)が「短時間で問題点をしっかりとらえていることに個人的には驚いた」と明かしたように、メリハリをきかせた最初の2日間で指揮官への求心力は一気に高まった。
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長谷部誠(2015年)
ハビエル・アギーレ前監督はミーティングの回数が決して多くなく、戦術に関しても「ヒントは与えるが、それをピッチの上で発展させるのは選手たちだ」というスタンスを貫いた。練習もアシスタントコーチに任せ、通訳とともに外から見守っていることが多かった。
選手たちを「大人」として扱い、自主性を重んじた点は評価できる。しかし、ワールドカップ以降の日本代表は自信を失っている状態にあった。必要なのは明確な指針とリーダーシップ、そして「この監督についていきたい」と思わせる強烈なカリスマ性だ。
ハリルホジッチ監督がそれらを完璧に満たしていることは、約2年ぶりに代表復帰を果たしたDF槙野智章(浦和レッズ)の言葉からもうかがえる。
「話術がすごい。プレゼン力ですね。(話を聞いていて)絵が浮かんでくる」
合宿3日目は午前中のミーティングで今度は攻撃面の課題を鋭く指摘し、午後の非公開練習ではそれらを克服するメニューが多く課された。夕食後にはヨーロッパ組、国内組に分けてグループ面談を実施。前者には「厳しい環境のなかでポジションを勝ち取れ」と、後者には「フィジカルを含めてもっとレベルを上げろ」と檄を飛ばした。
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槙野智章(2012年)
速射砲のように発せられる言葉は、「ピッチのなかでは心を鬼にする」と宣言したように、口調はかなり厳しい。しかし、決して怒っているわけではない。すべてをサッカーに捧げるかのような、たとえるならマグマのようなエネルギーは深い愛情となって選手たちに伝わっている。岡崎が全員の思いを代弁する。
「僕たちを変えようという思いがすごく伝わるし、僕たちも同じところへ向かっている。僕はもっと強く、もっと上手くなりたいし、何よりも勝ちたい。監督もそういう思いでいてくれている」
初陣となる27日のチュニジア代表戦(大分銀行ドーム)と31日のウズベキスタン代表戦(味の素スタジアム)で最初のキャンプは終わる。もっとも、指揮官は「その後」を見すえて、それぞれの所属クラブで取り組むべきトレーニングを選手個々に合わせて作成して手渡すという。
八百長疑惑騒動の末に代表監督が解任されるという、前代未聞の事態に揺れた日本サッカー界。ワールドカップ・ロシア大会への航路を見失いかけてもおかしくない状況のなかで、ボスニア・ヘルツェゴビナ出身でフランス国籍を持つ62歳の熱血指揮官と巡り会えたことは不幸中の幸いなのではないだろうか。そう思えるほど、新生日本代表は力強く、活気に満ちた軌跡を刻み始めた。