【THE REAL】湘南ベルマーレの遠藤航が決めたPKを巡る、虚々実々の駆け引きと知られざるドラマ | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【THE REAL】湘南ベルマーレの遠藤航が決めたPKを巡る、虚々実々の駆け引きと知られざるドラマ

オピニオン コラム

遠藤航(c)Getty Images
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「右だよな。右に蹴るんだろう、右に」

7日に行われた湘南ベルマーレと浦和レッズのJ1開幕戦におけるひとコマ。両チームともに無得点で迎えた前半34分に、ベルマーレがPKを獲得した直後だった。

右サイドからMF古林将太があげたクロスを受けようとしたFW大槻周平を、レッズDF森脇良太がペナルティーエリア内で背後から引っ張り倒した――微妙なホイッスルを吹いた松尾一主審に対して、最後まで執拗に抗議していたDF槙野智章が、判定が覆らないと見るや驚くような行為に出る。



遠藤航 参考画像(2014年9月28日)(c)Getty Images



■囁き

ペナルティースポットにボールをセットし、心の準備を整えているベルマーレのDF遠藤航の目の前に立って両足のストッキングを上げ直す。次の瞬間、槙野は悪戯小僧っぽい笑顔を浮かべて、まるで旧知の間柄のように左手を遠藤の右肩に添えながら話しかけた。

「どっち側に蹴るの?」

22歳になったばかりの遠藤に対し、槙野は5月に28歳になる。前者が神奈川県横浜市出身なら、後者は広島市出身。これまでに接点も面識も何もない遠藤は驚きながら「秘密です」と返す。すると、間髪入れずに槙野がかまをかけてきた。

「右に蹴るんだよな」

松尾主審にうながされても、槙野はペナルティーエリアから出ようとしない。遠藤の背後に回って、耳元で執拗に「右、右」とささやく。見かねたベルマーレのキャプテン、MF永木亮太が遠藤のもとに駆け寄り、ユニフォームの左胸の部分をポンと叩く。

永木は「気にするな。集中しよう」と声をかけたのだろう。永木からもっと距離を取るように促された槙野は、永木の手を振り払いながらようやくペナルティーエリアの外に出た。それでも、遠藤の左斜め後ろにポジションを取って声を発し続けている。それが冒頭の「右だよな。右に蹴るんだろう、右に」だった。

槙野としては「ささやき戦術」にこんな狙いを込めていたのだろう。右という意識を磨り込むことで、逆に右に蹴ってはまずいと遠藤に心理的なプレッシャーをかける。向かって左側に蹴る確率を高める。日本代表GK西川周作が左側にヤマをかけて飛んでPKをセーブする――。

■逸話

槙野の「ささやき」に関しては、面白い逸話がある。サンフレッチェ広島に所属し、J2を戦っていた2008年シーズン。開幕直後の3月20日に、ベルマーレのホームに乗り込んだときだった。

1点リードで迎えた後半32分に獲得したコーナーキック。槙野は自らをマークしていたDF斉藤俊秀(現U‐15日本代表コーチ)のもとにあえて駆け寄り、笑顔で握手を求めた。

当時20歳の槙野は、サンフレッチェのユースから昇格して3年目。日本代表が悲願の初出場を果たしたワールドカップ・フランス大会のメンバーにも名前を連ねていた斉藤は大先輩であり、目標とするDFでもあった。

そして、斉藤が槙野の笑顔と握手に応じた次の瞬間に距離を取り、コーナーキックをヘディングで叩き込んでダメを押した。斉藤をはじめとするベルマーレの選手だけでなく、FW佐藤寿人らの味方もあ然としたゴールシーンだった。

■新世代

しかしながら、槙野の「ささやき」は遠藤には通じなかった。助走から冷静に右足を振り抜いた遠藤が狙いを定めたのは、槙野に散々吹き込まれたゴール右だった。

「槙野さんからずっと『右だろう』と言われていたので、右に蹴ろうと思っていたんですけど……(西川さんが)けっこう早く左に動いたし、意外と落ち着いて蹴ることができました」

こうした心理作戦に対して純粋だったのか。遠藤はプレッシャーを感じることなく、素直に「じゃあ右に蹴ろうかな」と受け止めていた。



遠藤航 参考画像(2014年9月25日)(c)Getty Images



このオフにはレッズから3年契約、年俸総額1億円のオファーを受けたが、「J1昇格やJ2降格をともに経験した仲間たちと、もう一回J1で一緒にプレーしたいという思いが自分のなかにあった」と断りを入れた。

そうした事情を知っているレッズのサポーターが、敵地Shonan BMWスタジアム平塚のゴール裏から大きなブーイングを浴びせてくる状況下でも動じなかった。

■責任

昨シーズンは永木が任されることが多かったPKキッカーの大役を告げられたのは、試合前のミーティングだった。もっとも、その前には個人的な吉報も飛び込んできていた。

来年のリオデジャネイロ・オリンピック出場を目指す、U-22日本代表の常連でもあるホープのスマートフォンには、3042グラムで産声をあげた第2子となる長女の写真が大切に保存されていた。

ゴールを決めた直後には、チームメイトたちと「ゆりかごダンス」を披露した遠藤が照れくさそうに笑う。

「今日の12時50分に生まれたんですよ。予定日は3月22日だったんですけど、検査のたびに2週間くらい早まっていたので『今日かも』と予想はしていたんです。子どもが生まれたこともあって、(PKキッカー指名は)監督が気を使ってくれたんですかね。よくわからないですけど(笑)」

試合は追い詰められたレッズが前半41分、後半30分、32分の連続ゴールで逆転勝利を手にした。試合を大きく動かした遠藤の先制PKには虚々実々の駆け引きと、知られざるドラマが凝縮されていたわけだ。
《藤江直人》

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