袋小路に入り込んでいた前半の心理状態
脳裏には「絶望」の二文字が駆けめぐっていた。キックオフ前に描いていたプランが根底から崩れ去った。浦和レッズのMF矢島慎也は、サッカー人生で経験したことのない心理状態に陥っていたと打ち明ける。
「どうしたらいいか、ちょっとわからなかったというか。何から始めていいかわからない状況でした」
埼玉スタジアムで13日に行われた、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)の準々決勝セカンドレグ。川崎フロンターレに先勝を許していたレッズは、必ず先制点を奪う青写真で前半に臨んだ。
敵地でのファーストレグでは、3失点を喫して完敗した。しかし、MF武藤雄樹が一矢を報いて希望を紡いだ。2戦合計のスコアがイーブンの場合は、アウェイゴールが多いチームに軍配があがる。
つまり、レッズがセカンドレグを2‐0で勝てば痛快な逆転劇が成就する。だからこそ、先制点が極めて大きなカギを握る。果たして、先にゴールネットを揺らしたのはフロンターレのDFエウシーニョだった。
「先制点を取られて、すごく厳しい状況になった。(気持ちが)どんよりしたというか、どんよりせざるをえなかった。スタジアム全体が重たい雰囲気になったかな、というのは感じていました」
前半19分の時点で、2戦合計のスコアは1‐4に広がった。残された時間で3点を取って、ようやく延長戦にもち込める。先発メンバーのなかで最年少となる23歳は、幾度となくこう思った。
「難しいかもしれない」
攻撃しなければいけないのに、決定的なチャンスを作ることすらできない。どことなく淡々と、10分ちょっとの時間が経過した。ワントップを務める31歳の興梠慎三から、念を押されるように声をかけられた。
「なるべく前に出してくれ」
ハッと思い出した。キックオフ前に何度も言われながら、実践できていない自分が情けなく見えた。
興梠の檄に導かれた鮮やかなスルーパス
名誉挽回のチャンスはすぐに訪れる。前半35分。ハーフウェイライン付近まで下がって、アンカーに入った青木拓矢からパスを受ける。そのまま前を向いて、20メートルほどドリブルでボールを前へ運んだ。
ゴール前を見ようと顔をあげると、興梠がフロンターレのセンターバック、谷口彰悟と奈良竜樹と駆け引きを演じている。緩から急へ。スピードを一気にあげて、2人の間に割り込むようにして裏へ抜け出す。
「感覚であそこに出したという感じです。(興梠)慎三君からは試合前に『前を向いたらパスを待っている』と、けっこう言われていたというか」
オフサイドになるギリギリのタイミングで放たれたスルーパスは、奈良の左側を通って興梠の足元にピタリと入る。慌てて繰り出された奈良と谷口のスライディングを巧みなタッチでかわしながら、右足から放たれた技ありのシュートがゴールネットを揺らした。
「前半のうちに1点を返せたことが、相手の退場もありましたけど、それ(退場)と同じくらいに大きかった。いま振り返ってみれば、そう思えますよね」
苦境に立たされたレッズに勢いをもたらしたゴールは、いつもは寡黙な先輩の檄を受けて必死に前を向き、本来の力を解き放った矢島のパスから生まれた。後輩の勇気を引き出した興梠が静かに笑う。
「(矢島)慎也の特徴はラストパス。なのに、横や後ろへのパスばかりだったから。言ってみるもんですね」
同点とした3分後には、フロンターレのDF車屋紳太郎がレッドカードを提示される。高くあげられた車屋の左足に怯まず、頭で競り合った興梠の勇気に導かれた退場劇が、レッズに傾きかけた流れを加速させる。
迎えたハーフタイム。ムードメーカーを自任する30歳のDF槙野智章が、チームメイトたちに向かって大声で何度もまくし立てる。
「希望を捨てるな!」

チームを鼓舞した槙野智章
(c) Getty Images
状況を一変させたシーズン途中の指揮官交代
ベテランたちの姿に、心をかき立てられた。考えてみれば、舞台はホームの埼玉スタジアム。耳を澄ませば、ゴール裏を真っ赤に染めたサポーターたちが響かせる歌声がロッカールームにまで届いてくる。
「いけるぞ、といった感じで前向きにさせてくれたので。やっぱり槙野君やモリ君(森脇良太)は、盛りあげてくれるのがすごく上手いので」
そのゴール裏へ向かって攻める後半。怒涛の3ゴールを奪って、奇跡の逆転勝利をあげた。セカンドレグでの逆転に成功したのを見届けた矢島は、後半30分にMF駒井善成との交代でベンチへ下がった。
それまで左アウトサイドにいたMFラファエル・シルバをシャドーに配置し、さらに攻勢を強めるための堀孝史監督のさい配は後半39分、ラファエル・シルバのゴールとなって結実。2分後にはMF高木俊幸が、2戦合計で5‐4と逆転する劇的なゴールを決めた。
今シーズンの軌跡が反映されたような90分間だった。ファジアーノ岡山への2年間の期限付き移籍をへて、満を持して復帰した矢島だったが、円熟期に達していたレッズのなかでなかなか居場所を築けなかった。
ミハイロ・ペトロヴィッチ前監督のもとで、今シーズンのJ1のピッチに立ったのはわずか一度。5月20日の清水エスパルス戦で、後半39分からMF柏木陽介に代わって投入されただけだった。
しかし、低迷する成績の責任をとるかたちでペトロヴィッチ監督が解任された、7月30日を境に取り巻く状況が一変する。コーチから昇格した堀監督は、調子のいい選手を使う方針を掲げた。
出場機会こそ訪れなかったものの、堀監督の初陣となった8月5日の大宮アルディージャ戦で8試合ぶりにベンチ入りを果たした矢島は、2戦連続の途中出場をへて8月27日のエスパルス戦で初先発。9月9日の柏レイソル戦でもピッチでキックオフの笛を聞いた。
興梠との間で形成される新ホットライン
レイソル戦では前任者の象徴だった「3‐4‐2‐1」から、守備に比重が置かれた「4‐1‐4‐1」システムが採用された。矢島はアンカーの前に左右対で配置されるシャドーを託された。
迎えたフロンターレとのセカンドレグ。左足のつけ根を痛めていた柏木が公式戦で4試合ぶりに復帰を果たし、矢島とシャドーを組んだ。憧れてきた柏木との共演に、ひそかに胸を躍らせていた。
「試合前から一緒にやるのが楽しみでした。初めてのフォーメーションでああいう形で並んで、やりづらさというよりもぎこちなさがまだありましたけど、続けていけば青木君を含めていい距離感でできると思うので、楽しみといえば楽しみですね」
新しい指揮官と新しいシステムのなかで、ようやく居場所を見つけた。ファジアーノ時代はJ1昇格プレーオフを経験し、リオデジャネイロ五輪も戦った。積み重ねてきた濃密な経験を生かす舞台が整えられたが、興梠との連携を含めて、もちろん満足してはいない。

リオデジャネイロ五輪での戦いを経験
(c) Getty Images
「慎三君はやっぱり動き出しが上手いし、今日も見逃しているシーンがある。慎三君もリーグ戦では得点王がかかっているし、僕もアシストを決められたらもっと乗っていけると思うので」
7年ぶり3度目のACLベスト4へ駒を進めた。27日には敵地で上海上港(中国)との準決勝ファーストレグが待つ。YBCルヴァンカップ連覇は絶たれたが、天皇杯はベスト16に進出し、残り9試合となったリーグ戦でも上位に進める可能性を残す。
「ウチには(柏木)陽介君と慎三君のホットラインがあるけど、自分もそこに入っていけば、チームのバリエーションも増えると思うので」
興梠や槙野に代表されるベテラン勢の檄に触発されて導かれた、矢島をはじめとするチーム全体の勇気で手にした価値ある勝利。不本意な戦いを強いられたレッズの逆襲が始まる。