この物語の主人公は、ご存知のとおり、盲目の侠客(きょうかく)「市」であるが、その生まれ故郷が茨城県の笠間市であったということは、無学で無知な筆者は知るよしもない。そのことを知ったのは、つい先日のこと。笠間市にある富士山(ふじやま・標高144m)に登った時のことである。
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つつじ公園は、春になるとツツジの花が広がる
富士山のある場所は、歴史と芸術の町である笠間市の中心街のほど近く。笠間稲荷神社からも歩いていける距離にある。坂東二十三番札所・正福寺を過ぎ、春にはヤマツツジが咲き乱れるつつじ公園を越え、佐白観音が待つ山の頂にある「座頭市の碑」に、市の一人称でもってその空想上の事実は記されていた。その文章にはこんな一文があった。
「わたしは、生れ故郷の笠間より外の景色や人の顔は知る由もありません」
笠間で生まれた市は、笠間から出る前に光を失った。そのため、市の見た最後の景色は笠間の景色であり、また笠間以外の町の景色を見たことはなかった、という記述である。
これはあくまで架空の物語の「設定」であるが、それでもその碑に書かれた言葉に、胸が締め付けられる想いがした。何とも切ない一文である。そして、物語の設定とはいえ、茨城県の笠間市が国民的映画の主人公の故郷であったという架空の事実は、近隣に住む筆者としては誇りに感じずにはいられない。
実際には、座頭市のモデルになった人物がいて(阿部常衛門=佐渡市=座頭市)、その方は福島県の会津若松市に住んでいたらしく、そこに墓もあるというが、そんな事実はそっちのけだ。
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座頭市の碑
座頭市といえば勝新版が一般的であるのだろうが、筆者はビートたけし版しか見たことがない。なので、座頭市といっても「盲目(振りだった?)で居合が何かすごくて、仕込み杖がかっこよくて、バッサバッサと悪人をやっつける金髪の人」で、「着物でタップダンスを踊る映画」くらいのイメージしかない。
これはまずい、一般的な座頭市の映像が思い浮かばない。勝新版の座頭市が無性に観たい、今すぐ観たい!
富士山の頂上で、座頭市が見たであろう笠間の町並みを見下ろしながら、このあと予定通りに先の佐白山に向かうべきか、それとも今すぐ下山して座頭市シリーズのDVDをTSUTAYAで(GEOでもいいけれど)レンタルすべきか、非常に迷った。