【THE REAL】湘南ベルマーレの新たな将軍・菊地俊介の決意…旅立つ盟友たちから託された魂のバトン | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【THE REAL】湘南ベルマーレの新たな将軍・菊地俊介の決意…旅立つ盟友たちから託された魂のバトン

オピニオン コラム

菊地俊介選手 湘南ベルマーレホームページより
  • 菊地俊介選手 湘南ベルマーレホームページより
■昨シーズンに移籍オファーを断った理由

2年間にわたってボランチでコンビを組み、背中で語るプレーで引っ張ってくれた永木亮太は1年前に鹿島アントラーズへ移り、シーズン終盤には主力となり、J1の年間王者を戴冠。最強軍団レアル・マドリードとの死闘も、まだ記憶に残っている。

大学卒の即戦力ルーキーとして、ともに2014シーズンに入団。ポジションこそ違うものの、お互いに切磋琢磨してきたDF三竿雄斗(みさお・ゆうと)も年の瀬が押し詰まった28日に、永木の後を追って常勝軍団入りした。

同じ1991年生まれの25歳ながら、湘南ベルマーレのなかでは最古参選手となり、畏敬の念を抱いてきたMF菊池大介も同じ日に、新たなチャレンジの場を浦和レッズに求めて去っていった。

昨シーズンのオフに続いて、苦楽を何度も味わってきたチームメイトたちとの別れが続く。一抹の寂しさを感じながら、三竿、菊池とともに副キャプテンを担ってきた菊地俊介は覚悟を決めていた。

大宮アルディージャに敗れ、今シーズンのすべての戦いを終えた24日の天皇杯準々決勝後。J2で戦う来シーズンもベルマーレでプレーするのか、と問われた菊地は短い言葉のなかに熱い思いを凝縮させた。

「そうですね。そのつもりでいます」

菊地自身、1年前には他のJ1クラブからオファーを受けている。しかし、迷うまでには至らなかった。断りを入れた理由は、2012シーズンから指揮を執る曹貴裁(チョウ・キジェ)監督の存在にあった。

「そのクラブからの話が来たのもちょっと遅かった、というのもありますけど、一番は曹さんがいるからというか、本当にこのサッカーでもっと上に行きたい、上に行けると思ったので。自分の1年目からずっと一緒にやってきたので、求められるサッカーも理解していたので」

残留を決めた直後に副キャプテンを任された。1991年生まれの3人で、キャプテンのFW高山薫を盛り立てながらチームを引っ張ってほしい。指揮官の意図は、すぐに理解できた。

「25歳はもう若手とは言えない。僕や三竿はずっとJ1で試合に出させてもらって、いろいろな経験もした。(菊池)大介や(石川)俊輝を含めて、同じ年齢の選手が中心でやっていかなきゃいけない」

■サッカー人生で初めて負った大けが

永木がいなくなった中盤を、いかにして機能させるか。センターバック出身ならではの対人の強さと、ベルマーレで培われたスタミナをさらにレベルアップさせて、菊地は新たなシーズンに挑んだ。

「去年もやっていたボールを奪う、前へ出ていく、戻って守備をするというところで、とにかく攻守両面で顔を出しながら90分間を走り切る。それにプラスして得点にも絡んでいく、というところが今年の一番の課題というか、大事にしているところです」

しかし、好事魔多し、とはこのことを言うのだろう。3月24日。ワールドカップ・アジア2次予選のためにJ1が中断している間に行われた練習で、菊地の右ひざがおもむろに悲鳴をあげた。

前十字じん帯の損傷。全治までは約8ヶ月を要すると診断された。これから待つ過酷なリハビリ。もしかしたら、シーズン中の復帰はかなわないかもしれない。さまざまな思いが、脳裏を交錯する。

開幕から4試合を終えて未勝利だったベルマーレだが、川崎フロンターレ、サンフレッチェ広島と引き分けるなど、内容はまずまずだった。さあ、これからというときに中盤のダイナモを突然欠いた。

ファーストステージは初勝利をあげるまでに9試合を要した。セカンドステージの第3節からは、泥沼の10連敗も喫した。もがき苦しんでいるチームの力になりたい。必死の思いが、復帰を早める。

「今年はなかなか試合に出ることができなかったというか、これだけ長くサッカーから離れたのは初めてでした。チームが勝てない時期もあり、すごくもどかしかったし、とにかく試合をしたい、という思いはありました」

迎えた10月22日。敵地・NACK5スタジアムで行われたアルディージャとのセカンドステージ第15節。3点差を追う後半23分に、菊地は約7ヶ月ぶりにピッチへの帰還を果たした。

当初の医師の見立てをはるかに上回るスピード復帰。飢えていた試合への思いを必死に相手へぶつける菊地の姿に、ベンチ前で戦況を見守っていた曹監督も熱い思いを覚えずにはいられなかった。

「(菊地)俊介が驚異的な回復力を見せてピッチに入りましたけど、大きなけがを乗り越えて精神的にも非常に強くなったし、彼が入った後に2点取れたのは、彼に対する神様からのご褒美だったと思う」

■指揮官を続投させた選手たちの目

必死の追い上げも届かず、アルディージャに屈したベルマーレは、2試合を残してJ2に降格することが決まった。チームが流した悔し涙を来シーズンへのパワーに変えると、菊地は試合後に誓っている。

「湘南のサッカーを再びJ1でやりたい。鍛え直して、1年で戻ってこなければいけないと思っている」

セカンドステージの残り2試合でともに後半途中から出場し、柏レイソルに3‐1で逆転勝ちした11月12日の天皇杯4回戦では先発に復帰。主戦場のボランチで、後半37分までプレーした。

J2にこそ降格したが、まだシーズンは終わっていない。これまでと変わらないハードな練習に、必死の形相でついてくる菊地をはじめとする選手の姿は、指揮官に訴えるものがあったのだろう。

去就が取りざたされていた曹監督は、J2降格決定直後には自らに無力感を覚えていた。来シーズンの指揮が難しいと思っていた心に再び火が灯され、続投を決めた理由をこう打ち明けたことがある。

「湘南というチームが自分を求めていて、選手の目もまだ死んでないなと感じたときに、僕が充電をしていていいのかと。僕はサッカーに対する自分の純粋な想い、選手を育てたいという気持ちといったものに関して、誰にも負けたくないと思ってやっているので」

曹監督は毎オフに訪れているドイツでの充電も視野に入れていた。一転して「目が死んでいない」と言わしめ、翻意させた選手の一人に、来シーズンでの完全復活を期す菊地も含まれていたはずだ。

ベルマーレは12月上旬、出場機会が少なかった若手に練習生もまじえたチーム編成でBTVカップ(ベトナム)に出場。10日間で5試合を戦い、優勝したメンバーには菊地も名前を連ねていた。

「90分間のゲームを12月に入って3試合くらい消化していたので、ゲーム体力の部分でも『回復してきたな』というのは自分のなかにもあった。参加してよかったな、というのはありますね」

■今シーズン最後の試合で見せた希望

図らずもシーズン最後の公式戦となった、アルディージャとの天皇杯準々決勝。J2降格が決まった因縁のNACK5スタジアムでベルマーレが見せたのは、来シーズンへつながる、胸を打つ戦いざまだった。

前半の途中から完全に主導権を奪われ、1点ビハインドのまま迎えた後半7分には、DF奈良輪雄太が2度目の警告を受けて退場してしまう。絶体絶命のピンチで菊地が吠えたのは同25分だった。

相手GKの中途半端なキックを、敵陣の中央付近で出足鋭くカット。そのままゴール前のMF長谷川アーリアジャスールにパスを預け、自らはペナルティーエリアの右側へさらに突き進んでいく。

ボールはMF石川俊輝を経由して、フリーの菊地のもとへとわたる。迷うことなく振り抜かれた右足から放たれた強烈な弾道は、GK塩田仁史と右ポストのわずかな隙間を打ち抜いてネットを揺らした。

「負けていたのでボールを前に入れて、味方を追い越していったら、いいボールが来たので思い切ってシュートを打った。苦しい試合でしたけど、前半よりももっと走ろうとみんなで言い合いながらプレーしていました。後半になって、大宮さんの足が少し止まったような感じだったので」

目指してきた「ボールを奪う、前へ出ていく、プラスして得点にも絡む」を、持ち前でもあるダイナミックな動きとともにようやく実践できた。結果を残せた手応えが、菊地のなかで膨らんでいく。

「今シーズンの初ゴールを決められたことで、来年につながるプレーができたのかなと。自分が得意としている形でしたけど、それ以外はあまりよくなかったので、まだまだだと思っていますけど」

そのまま延長戦にもつれ込んだ死闘は、一度はベルマーレがリードを奪うも、10人で懸命に戦ってきた心身両面の疲労が限界を超えてしまったのか。延長後半に立て続けに3点を奪われて力尽きた。

「選手が本当に勝ちたいと思ってプレーすれば、1人少なくても2人少なくても、ピッチのなかにエネルギーはあるんだなと選手たちに教えてもらった。退場者が出て戦うのも今年初めてだったけど、本当に素晴らしい選手たちだったと、僕の記憶のなかには一生残そうと思っている」

負けてなお、曹監督は胸を張った。敵地のゴール裏を埋めたサポーターも、惜しみない拍手を送った。アルディージャの選手たちやサポーターも、美しき敗者へ敬意を表することを忘れなかった。

終戦から4日後に発表された、三竿と菊池をはじめとする複数の選手たちの移籍。ベルマーレの場合は成長が評価されての「旅立ち」となるが、それでも「希望」の二文字は雄々しく残る。自らの意思で魂のバトンを受け取った菊地を中心とする新生ベルマーレは、来年15日に始動する予定だ。
《藤江直人》
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