11月シリーズで招集された25人のうち、フィールドプレーヤーでは最年長となる32歳を駆り立てていたのは何なのか。ひとつは所属するアイントラハト・フランクフルトで、新境地を開拓しつつあることがあげられる。
10月21日に行われたハンブルガーSVとのブンデスリーガ第8節。敵地で4試合ぶりとなる白星をあげた一戦の途中から、長谷部はポジションをそれまでのアンカーから最終ラインへと一列下げている。
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ハンブルガーSV戦での長谷部誠 参考画像
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ふたりのセンターバックの間にやや下がり目で位置する、いわゆるリベロとしてカバーリングに徹して守備に安定感をもたらす。一転してマイボールになると、ドリブルや長短のパスを駆使してビルドアップの起点にもなる。
ハンブルガーSV戦を3‐0で快勝したことで、大きな手応えと可能性をつかんだのか。フランクフルトのニコ・コバチ監督は続くFCインゴルシュタットとのドイツカップ2回戦、そしてボルシアMGおよび1.FCケルンとのブンデスリーガでいずれも長谷部をリベロで先発フル出場させ、相手をすべて無失点に封じ込めている。
■ドイツのレジェンドになぞえられる
クロアチア代表の主力として、ワールドカップの舞台で日本代表と対戦したこともある45歳の指揮官だけではない。ドイツ国内のメディアも、最終ラインでこれまでとは異なる存在感を放つ長谷部をこう称賛している。
『ジャパニーズ・フランツ・ベッケンバウアー』
リベロというポジションをサッカー界に確立させ、1974年のワールドカップ・西ドイツ大会で母国を優勝に導いたレジェンドになぞえられる、ちょっとしたフィーバーぶりにも長谷部は泰然自若としていた。
「フランクフルトでは相手のやり方によってはディフェンスラインに入っていますけど、そこに関しては経験でカバーできる部分なので、切り替えてやっています。ただ、フランクフルトで求められていることと日本代表で求められていることはまたちょっと違うので、そこの切り替えというものもしっかりしなきゃいけないと思っていますけどね」
こんな言葉とともに合流した日本代表で、チームを率いるバヒド・ハリルホジッチ監督からはオマーン戦での休養を命じられた。所属クラブで試合に出場し続け、心身ともに万全のコンディションを維持している頼れるキャプテンへ、サウジアラビアとの大一番で心おきなく暴れてほしいという配慮でもあった。
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長谷部誠 参考画像
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■岡崎、香川、本田がベンチで吹く新しい風
そして、ジーコ監督時代の2006年2月からリストのなかに名前を連ね続け、現時点での招集メンバーのなかでは最古参となる日本代表に生じている確かなる「変化」が、何よりも長谷部の心を高ぶらせている。
勝てばグループBの首位を走るサウジアラビアに勝ち点10で並び、負ければその背中が遠ざかり、2年後のワールドカップ・ロシア大会へと通じる道に深い霧が立ち込めてしまう大一番。ハリルホジッチ監督は大きくメンバーを変えた。
ワントップには岡崎慎司(レスター・シティ)ではなく大迫勇也(1.FCケルン)。トップ下には香川真司(ボルシア・ドルトムント)ではなく清武弘嗣(セビージャ)。そして、右ウイングには本田圭佑(ACミラン)ではなく、代表2戦目にして初先発の久保裕也(ヤングボーイズ)が配置された。
アルベルト・ザッケローニ監督時代からほぼ不動だった岡崎、香川、本田のいわゆる「ビッグ3」がそろってベンチで戦況を見つめる光景に、ボランチで先発フル出場した長谷部は新たな鼓動を感じずにはいられなかった。
「実際のところ、ほとんどメンバーも変わらないなかでやってきたので。チーム内の競争というところで新しい風が吹いてきたというのは、すごくポジティブにとらえていますけど」
ハリルホジッチ監督が示した基準は明白だった。所属クラブで試合に出場し続けているか否か。レギュラーを獲得しているか否か。たとえば本田はセリエAでわずか3試合、81分間のプレーにとどまり、絶対的な存在となっている長谷部や大迫、FW原口元気(ヘルタ・ベルリン)とは対極の状況に置かれている。
「すべての選手に対して明確なメッセージになったんじゃないかと。これから4カ月くらい代表の活動がないわけですから、そのなかで各選手が所属クラブで試合に出て、コンディションがよくなければ監督は使わない、と。サウジアラビア戦は年内最後の試合でしたし、だからこそ非常に大きなメッセージになったのかなと思いますけどね」
リオデジャネイロ五輪世代の若手や、ロンドン五輪世代を中心とする中堅が世代交代に名乗りをあげ、北京五輪を含めたいわゆるベテランの世代が「そう簡単にポジションを空けわたしてなるものか」と再びハートに炎を灯す。
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長谷部誠 参考画像
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世代間で切磋琢磨する構図が、結果として代表チームを成長させる。原口や大迫、清武を中心とするロンドン世代と、本田、香川、岡崎の北京世代の間で放たれる火花を、GK川島永嗣(FCメス)とともにアテネ五輪世代に属する長谷部は、一抹の寂しさと危機感とをもって受け止めている。
「おとなしい選手が多いなかで、サウジアラビア戦は体を張るところや球際で激しく戦えていた。そういう部分が出てくると、監督もまた使いたくなるだろうと思いますよね。それにプラスして同じ世代というか、ロンドン五輪世代の選手たちが『アイツがやっているんだからオレも』みたいに、お互いに切磋琢磨してやっていますよね。北京五輪世代もそうでしたけど、同じ世代が刺激しあっている、というのは感じますね。
サウジアラビア戦では自分よりも年下の選手、(本田)圭佑やオカ(岡崎)、(香川)真司が先発から外されましたけど、僕自身もどちらかといえば“明日は我が身”という危機感もあるので。いまはポジションによって競争の激しさといったものも違うので、そこの部分で明日は我が身と思う反面、ボランチのところでも、もっともっと(新しい選手に)出てきてほしいなと思います」
■サウジアラビアに勝ち点10で並ぶ
サウジアラビア戦でボランチのコンビを組んだのは、J2のセレッソ大阪でプレーしながら指揮官の厚い信頼を勝ち取った26歳の山口蛍。ベンチにはオマーン戦で代表デビューを果たした28歳の永木亮太(鹿島アントラーズ)と、同じくオマーン戦で初ゴールをあげた24歳の小林祐希(ヘーレンフェーン)が戦況を見つめていた。
ベンチ外となった初招集組の20歳、井手口陽介(ガンバ大阪)を含めて、若手や中堅の挑戦を真っ向から受け止める、そのうえでもっともっと成長してみせるという自信が伝わってくる。
サウジアラビア戦は2‐1で勝利した。前半終了間際に清武が先制のPKを決め、後半35分には原口が史上初となるアジア最終予選における4試合連続ゴールをゲット。相手の反撃を終了間際の1点に抑えて歓喜の雄叫びをあげた。
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サッカー日本代表がサウジアラビア戦で勝利
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同じ15日に行われたアジア最終予選で、オーストラリア代表は最下位のタイ代表とまさかの引き分けに終わり、9月1日の初戦で日本を撃破したUAE(アラブ首長国連邦)代表はイラク代表に快勝した。
この結果、日本はサウジアラビアと勝ち点10で並び、得失点差でわずかにおよばない2位に浮上。ワールドカップ切符を自動的に得られる圏内につけた一方で、勝ち点1差でオーストラリアとUAEが追走してくる大混戦になっている。
残りは5試合。後半戦は来年3月以降に行われ、日本はUAE、イラク、サウジアラビアとのアウェー戦を残している。国内情勢の不安からイラク戦はイランの首都テヘランでの開催が濃厚となっているが、いずれにしてもこれまで不得手としてきた中東での試合は一筋縄にいかないはずだ。
「これからの戦い、日程などを見ると、まだ初戦の負けをゼロにはもっていけていない、清算できている形ではないかなと。今日勝ったことは最低限の結果だし、もちろんよかったとは思っていますけど、次のアウェーのUAE戦で勝って初めてゼロに戻せるかな、という感覚ですね」
■チーム内の風通しをよくするために
ワールドカップ・ロシア大会出場へ、真の勝負となる後半戦へ向けて気合いを新たにした長谷部だが、残り5試合を戦っていくうえで大きな手応えも感じている。それはチーム内で確固たる形となってきた一体感だ。
直情径行型のハリルホジッチ監督はオブラートに包むことなく厳しい言葉を発し、ときには選手のメンタルに大きな影響を与えてきた。個人差があり、計測する状況によっても違ってくる体脂肪率を一概に扱ったのはその典型となる。
特に国内組に対して口を酸っぱくして12%以下を要求し続けたことで、ガンバ大阪所属時代のFW宇佐美貴史(現アウグスブルク)が急激に減量した挙げ句、コンディションを落としたこともあった。
ある意味でカリスマ性を漂わせ、聞く耳をもたない印象すら与える62歳のハリルホジッチ監督と、長谷部は良好な関係を構築。指揮官と選手たちの間に立ち、チーム内の風通しをよくする作業に腐心してきた。
「僕はどちらかというと、どういう監督ともうまくいっちゃうのであれなんですけど…。少し監督にみんなのベクトルが行きすぎているかなというのは、選手だけじゃなくて(メディアの)皆さんもそうかなと思ったので。ただ、そういうところで一緒にやっていくためには、チームが同じ方向を向くためには信頼関係というものがすごく大事になってくる。すべてではないですけど、それは自分の役目でもあると思っているので。
監督は本当に各選手に対してストレートに物事をしゃべるので、選手それぞれの感じ方によっては、すごく勘違いされることも言うと思うんですね。だからこそ、その部分では若い選手たちに対して、たとえばですけど『考え方が違う人とつき合っていくことによって、自分自身が変われることもあるんだよ』という話はしています」
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長谷部誠 参考画像
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メディアとも決して良好な関係を築いていないハリルホジッチ監督に対する逆風は、UAE戦で負けたことで一気に強くなった。敵地メルボルンで引き分けた10月11日のオーストラリア戦、あるいは今回のサウジアラビア戦をもし落としていたら、解任の二文字が大きくクローズアップされていたはずだ。
後半アディショナルタイムに決まった、山口の劇的なミドルシュートで勝利した10月6日のイラク戦も然り。ホームで「らしさ」を発揮できず、苦戦を続けてきたこれまでの軌跡を、長谷部はポジティブに受け止めている。
「前回のワールドカップで、相手はどこであれ、自分たちがやってきたサッカーを貫くという形で自分たちは戦った。そこで実際に勝てなくて、間に(ハビエル・)アギーレさんがいましたけど、そういうなかで監督が来て、相手のやり方によって自分たちのやり方というものを臨機応変に変化させて戦っている。
たとえばオーストラリア戦はまったく違う戦い方でしたし、僕自身はそんなに悪くなかったと思っています。そういうことを最終予選のなかで試しながら、やっていくのは非常にリスクもあるし、今日などはうまく戦い方がはまったと思いますけど、全体の成熟度という部分ではまだまだだと感じます」
グループBで最大のライバルと目されていたオーストラリア戦は、敵地ということもあって本田をワントップで起用。そのキープ力を生かし、徹底した堅守からショートカウンターで勝機を見いだす戦い方で臨んだ。
オーストラリアの戦い方、起用される選手、途中から出てくる選手までを微に入り細でチェック。ピッチに送り出した選手にはマークする選手を徹底させ、PKによる1失点に抑えて勝ち点1を手にした。
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長谷部誠 参考画像
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消極的にも映る戦い方に、少なからず批判の声もあがった。しかし、ポゼッションサッカーを志向する、もっといえば相手に関係のない、独りよがりのサッカーでひとつの白星もあげられなかった2年前のワールドカップ・ブラジル大会と比較すれば、日本は明らかな変貌を遂げている過程にあると見ていい。
実際、サウジアラビア戦では原口を中心に高い位置から徹底してプレッシャーをかけ、ボールを奪って一気に相手陣内へと迫るシーンが何度も登場しては、超満員で埋まった埼玉スタジアムを大歓声で揺るがせた。
「監督はホームとアウェーで明らかに戦い方を変えるので、自分たちもすごく臨機応変に、柔軟にやるべきことを求められている。そのうえで『いろいろなインフォメーションを与えるが、ピッチでプレーするのは選手。そこは君たちで考えてプレーするように』とも言われているので。監督が言っていることがすべてではないというか、ピッチのなかでいかに僕たちが判断して、相手の隙を見つけられるかが大事になってくる」
サウジアラビア戦を前にこう語っていた長谷部は、来年3月23日に敵地で行われるUAEとの再戦を皮切りに、同9月まで続く長丁場のアジア最終予選を見すえながら気合いを新たにする。
「今日はホームで、こういう(強い)相手だから戦い方がうまくはまりましたけど、これからも対戦相手、ホーム、アウェーという部分で変えていくと思っています」
岡田武史氏にはじまり、ザッケローニ、アギーレ、そしてハリルホジッチ。4人の代表監督から足かけ7年にわたってキャプテンを託されてきた理由が、11月シリーズで長谷部が見せたピッチ外での立ち居振る舞いからも伝わってくる。
もちろん、ピッチのなかでも必要とされる存在であり続け、歴代6位の「104」を刻むキャップ数をさらに伸ばしていくために。リベロへの本格的なコンバートも検討されているフランクフルトで、年明け早々には33歳となる長谷部はさらに貪欲に「成長」の二文字を追い求めていく。