【THE REAL】美しき敗者…雑草軍団・愛媛FCを変えた青年監督、キャプテン河原和寿が語る熱く固い絆 3ページ目 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【THE REAL】美しき敗者…雑草軍団・愛媛FCを変えた青年監督、キャプテン河原和寿が語る熱く固い絆

オピニオン コラム
河原和寿選手
  • 河原和寿選手
  • 木山隆之監督

■切符

J1昇格プレーオフ準決勝の相手はそのセレッソ。敵地ヤンマースタジアム長居のゴール裏には大勢のサポーターが駆けつけ、規則により勝たなければ決勝に進めない愛媛へパワーを与え続けた。

長丁場となる42試合のリーグ戦を戦い終えてから中5日。決して選手層が厚くない愛媛は、半ば満身創痍状態だった。たとえばボランチの藤田息吹は、セレッソ戦前日まで別メニュー調整を余儀なくされていたと河原は明かす。

「イブキ(藤田)に限らず、他の選手も痛みに耐えながら、体がボロボロになりながら走っていた。本当に無理をしている選手ばかりだったけど、次の決勝はダメになっても今日だけはプレーする、くらいの覚悟で臨んでいたと思う」

ハリルジャパンの常連でもあるキャプテンのボランチ山口蛍を含めて、ワールドカップの舞台に立った新旧の日本代表3人を擁するセレッソとの90分間。相手の猛攻撃を愛媛が体を張って食い止め、鋭いカウンターを仕掛ける一進一退の展開が続く。

放ったシュート数は、セレッソの15本に対して愛媛は3本。数字ほどの差を感じさせなかったのは、攻守ともに一丸となった愛媛の戦いぶりと決して無縁ではなかった。

3分間が表示された後半アディショナルタイム。立て続けに獲得した3本のコーナーキックでは、いずれの場面でもGK児玉剛が攻撃参加。ゴール前の混戦から、児玉の目の前にボールが転がったシーンもあった。

交錯する悲鳴と歓声。しかし、ゴールだけが遠かった。3本目のコーナーキックをセレッソ守備陣が弾き返した直後に、スコアレスドローと今シーズンの愛媛の終戦を告げる主審のホイッスルが鳴り響いた。

「今日も自分たちらしく戦えていた。ちょっとの差で決勝へ上がれなかったけど、内容的にはよかったぞ」

試合後のミーティングで終わったばかりの激闘をねぎらった指揮官は、監督会見では胸を張り、清々しい表情を浮かべながら指導してきた選手たちを称賛した。

「彼らが見せてくれたものは、愛媛の地域の人々に希望を与えるものだったと思う」

■希望

セレッソ戦の数時間前。河原の携帯電話に着信が入った。大和田さんからだった。

「木山さん、やっぱりやべえだろう?」

1年間の感謝の思いを込めて「もう最高ですよ」と返した河原に、大和田さんが夢を託した。

「今日は木山さんを男にしてやってくれよ」

図らずも果たせない約束となってしまったが、下を向いている時間はない。なぜ勝てなかったのか。なぜゴールを奪えなかったのか。なぜ勇気をもってリスクを冒せなかったのか。河原は頭をフル回転させる。

「そのあたりを考えると、セレッソは戦っていて楽だったのかなと思う」

牙城を崩せなかった差は、それでも必ず埋められる。今シーズンに描いてきた軌跡を振り返り、そのうえで来シーズンの愛媛を思い描いたとき、味わわされたばかりの悔しさの先に希望が見えてくる。

「試合を重ねるごとに、そして時間が経過するごとに、このチームの強さというものを実際にプレーしている僕たちも感じられるようになった。すごく自信がついたシーズンでしたし、ファンやサポーター、そしてフロントスタッフを含めたすべての人々が同じベクトルのもとで戦えたことが大切だった。このチームを誇りに思うし、この悔しい経験、プレーオフを戦えた経験は後になって絶対に僕たちの財産になる。

こういう(プレーオフの)景色を見ることができた分、人間である以上はより高みを目指したくなるというか、より大きな欲が出てくる。その欲に僕たちが応えて、チームとしてもっと成長してくことで、愛媛という可能性のある街を僕たちがさらに巻き込んでいきたい。地域の皆さんの心をわしづかみにするくらいの大きな結果を残すことが、来シーズン以降の大きなモチベーションになると思う」

■自信

河原自身は、2010年シーズンのアルビレックスを最後に、J1の舞台から遠ざかっている。まだ28歳。カナダで開催された2007年のU‐20ワールドカップをともに戦った、香川真司(ボルシア・ドルトムント)や柏木陽介(浦和レッズ)たちからは、プレーを通して常に刺激を受けてもいる。

「僕自身、J1でやれる自信はあります」

41試合に出場して、2シーズン連続の2桁得点となる11ゴールを決めたいま、河原の胸中には自信とは別の思いも頭をもたげている。

「正直、J1のクラブからオファーが届いたからといっても、そんな簡単に移籍できるとは考えていません。このチームに僕自身、選手として助けられた。(前のチームを)クビになったところから、再びサッカーの楽しさというものを感じさせてもらっている恩があるので、なかなか愛媛とは縁が切れないのかなと実感しています。

本当はこのチームで、このメンバーでJ1へ上がりたかったけど、その意味で僕自身も味方にもっと影響力を与え、相手にとってはもっと怖い選手になるために成長していかないと」

セレッソ戦後の取材エリアで対応すること約20分。その間に何度も涙腺が決壊しそうになるのを必死にこらえた河原は、そのたびに照れ臭そうに言葉を濁した。

「ヤバい、泣いちゃうよ!」

人前で泣かなかった理由はただひとつ。続投が決まっている木山監督を、来シーズンこそは男にする。その瞬間に、はばかることなく歓喜の涙を流すために。次なる戦いはすでに始まっている。
《藤江直人》

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