■自分のプレーに専念できる環境
移籍1年目の2013年秋には、こんな言葉を聞いたことがある。
「欲しいと思ったパスがゴール前で実際に来たときに、『よっしゃ』『来たぁ』といった感覚がお腹の底あたりから久しぶりにわいて出てくるようになった。その直後に、ループなどシュートの選択肢がいろいろと浮かんでくる。ミドルにしてもそれまではまったく入らなかったのに、シュートを打つ前に弾道をイメージすると、ホントにその通りに飛んでいくんです」
チャンスでゴールを逃しても、すぐに次が訪れる。だからこそ、気持ちをすぐに切り替えることができる。対照的に大久保が在籍していた当時のセレッソはJ1とJ2を行き来していた過渡期で、ヴィッセルはJ1残留を目的として戦うシーズンが大半を占めた。
特にヴィッセルではチーム事情からFW以外のポジションを任されることが多く、2009年からは4シーズン連続でひと桁ゴールに甘んじた。まず守備ありきで、攻撃もカウンター頼み。報われない上下動を繰り返すたびにスタミナを消耗し、蓄積した疲労が肝心な場面でのミスを誘発する悪循環に陥っていた。
そのヴィッセルからまさかの戦力外を通告された2012年のオフ。模索していた韓国Kリーグへの移籍を夫人のひと声で思いとどまった大久保は、直後にオファーを受けたフロンターレへの移籍を即決した。
その時点で、2年連続でJ1得点王を獲得し、生前の克博さんが望んだ日本代表との距離を縮めていく未来が約束されていたのかもしれない。間もなく訪れるフロンターレでの日々を、大久保はこう思い描いていた。
「いままでは歯痒さがあったけど、ここでは他のことは考えなくてもいいと思うので。自分のプレーに専念して、久々に相手のディフェンスと駆け引きしながらガンガンやりたいね」
もっとも、永遠のやんちゃ坊主を自負する大久保らしく、積み重ねてきた140ゴールのうち、フロンターレでマークしたそれが最も多いことをまったく知らなかった。
「それは速いっすね。すごいな。ずっとフロンターレにおったら、どうなっていたんやろうね」
無邪気な笑顔と異能の得点感覚をひっさげ、天国で見守る父のエールを背中に感じながら、大久保は日本代表内における世代交代論を封印するゴールを奪い続けていく。
《藤江直人》
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