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遂に「高級高性能GT」マーケットへと参入したピナレロ。この"レーシングバイクの雄"が上位グレードに快適志向のモデルをラインナップするのは、もちろんこれが初めてのこと。プリンス・カーボン、ドグマ60.1、FP7が作り上げた硬派な「近代ピナレロイズム」は、KOBH60.1の登場によって揺らぐのか?ピナレロのニューモデルに数多く試乗し、自らも3台のピナレロのオーナーでもある安井が考える、従来のインプレ記事を超えた全く新しい本質的ピナレロ論!
(text:安井行生 photo:我妻英次郎/安井行生)
「初代のプリンスは、ダウンチューブとBBの位置を少しオフセットさせてから溶接してある。極太アルミチューブで硬そうにみえるけど、実はしなやかだったからプリンスはあそこまで支持された。アレはカーボンバックだから売れたんじゃない。ピナレロは硬そうなフレームをしなやかに作るのが上手かったんだ」
ある大先輩ライター氏は、僕が所有する初代プリンスがしなやかに走る訳をこう教えてくれた。ピナレロとは、世が剛性偏重になっていたその昔、しなやかさで名を上げたブランドだったのだ。しかし、そんなピナレロの “しなやかハイエンド” もマグネシウムのドグマで一旦終了。時代が 「剛性追求」 から 「しなりを活かす」 という設計にシフトしつつあった昨年度のラインナップは、FP7、プリンス・カーボン、ドグマ60.1というゴリゴリのマッチョ系レーシングモデルのみ。時代の流れに必ずしも合致していないし、実質的には全く一般向けではない品揃えだったが、どこか市場の要求に迎合しないピナレロのそこが個人的には好きだった。実際、筆者はドグマのインプレッション記事において、 “オリジナル・ドグマの退役とドグマ60.1の即位、それは希代のエンターテイナーであるピナレロの 「硬派宣言」 に他ならない” と書いている。
しかし、「希代のエンターテイナー」 は、徐々に、我々が気付かないくらい巧妙に、「ショーバイがウマい “売るブランド”」 へと変化していったのかもしれない。価格競争に突入しつつあるエントリーモデルを含めた最近のピナレロを見ていると、つくづくそう思う。だから、(それに伴った動向として) ライバルメーカーが次々と、クルマで言うところの 「おいしい高級高性能GT市場」 へ参入し各社それなりの成功を納めているのを、指を咥えて眺めているピナレロではなかったのだ (もちろんこの稚拙な分析は筆者の完全なる私見である)。
ドグマ60.1から一年遅れで登場したのは、ドグマと同等のトップレンジモデル、KOBH60.1。ドグマをベースにして 「Century Ride」 と呼ばれる設計思想とジオメトリを採用し、動力性能の低下を最小限に抑えつつ快適性を向上させたフレームとなる。これはチームにも供給され、例えばこの原稿執筆中に行われているパリ~ルーベでは、スカイとモビスターのKOBH軍団が砂埃舞う石畳区間を激走している。
KOBH60.1の技術的概要を簡単に説明すると、ピナレロ肝いりのテクノロジーであるアシンメトリックデザイン (完全左右非対称設計) やフレーム素材 (東レ60tカーボン) はもちろん、高弾性カーボンの弱点である破断性を補うナノアロイテクノロジー、フレーム内壁を滑らかに仕上げるEPSモールディングプロセスなどは同一で、価格も全く同じ。KOBHはドグマの兄弟モデルなのである。
ガラリと変更されたのはフレーム形状とジオメトリだ。ピナレロのアイコンであったONDAシートステーをあえて捨て、大きく湾曲した 「センチュリーライドシートステー」 を採用しているのが最大の特徴だが、シート角、リヤセンター、フォークオフセットなども一新されている。28Cのタイヤが装着できるようにホイールクリアランスも拡大された。
プロだけではなく、よりリラックスしたライディングフォームとより高い快適性を求めるロングライダーにも最適なフレームになっている、とメーカーは説明する。車名の 「KOBH」 は 「コブ」 と読み、石畳の丸石を意味するコブルストーン (cobblestone) を表すものだという。
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
ロードの王者ブランドたるピナレロのトップモデルだから…ではないだろうが、このKOBHについては美しい言葉が散りばめられた 「呆れるほど全方位手放し絶賛」 のインプレ原稿が多い。カタログの宣伝文句をそのまま鵜呑みにしている記事も多く見かける。そればかりではつまらないし、個人的には少々不快でもあるので、少しばかり辛口に行かせていただくこととする。まずは乗車前の検分から。
ドグマとKOBHのジオメトリを比較してみる。フォークオフセットが大幅に増え (ドグマ:全サイズ43mm→KOBH:全サイズ47mm)、チェーンステーが長くなり (ドグマ:406/408mm→KOBH:全サイズ413mm)、ヘッドチューブが5~10mmほど長くなり、シート角が0.5 ~1度寝ている。KOBHの発表会において、メーカー側は 「ドグマに比べてヘッド角を寝かせてフォークオフセットを増やし、直進安定性を確保した」 と説明したが、ジオメトリ表を見るとヘッド角の変更は微小なものに留まっており、サイズによってはドグマよりKOBHの方が立っている。フォークオフセットを増やしても直進安定性はよくならない (むしろ低下する) が、ヘッド角の微変更で調整していると思われる。フォークオフセットの思い切った増大は、ホイールベースとフロントセンターを確保しつつフロントセクションの振動吸収性を上げるための処理でもあるだろう。
ただ、ドグマのジオメトリはサイズによって各部寸法が細かく変えられているのに対し、KOBHはサイズ間で共通となっている数値が多い (チェーンステー長、ヘッド角、シート角など)。サイズ展開にも差があり (ドグマ:11サイズ、KOBH:8サイズ。3サイズ展開で誤魔化しているブランドに比べればどちらもロードフレームとして十分すぎるほどだが)、カラーラインナップもドグマより少ない (ドグマ:15パターン+カラーオーダー可能、KOBH:3パターンのみ)。手間がかかっているのはドグマの方だと感じてしまうのは、致し方ないことだろう。
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それに、近年のピナレロレーシングレンジの持ち味は、触れなば斬らんという高剛性だった、と個人的には思っていた。巷では色々と言われているようだが、いくら乗りやすいと言っても、ドグマやプリンス・カーボンの “芯” は常人が乗りこなすのは難しいと思わせるほど硬い。「乗れる」 と 「乗りこなせる」 とは意味が違うし、「乗りこなせる」 と 「フレーム本来の実力を引き出せる」 のは、またレベルが違う話である。だが、そこがピナレロトップモデルの魅力であり、どんどんと乗りやすく万人向けになってきているレース系ロードバイク界におけるピナレロの存在意義だった。そこにポコッと登場した快適志向フレームである。ピナレロというブランドの魅力が薄れてしまいそうな気がした
しかしそこに、「北のクラシックのために、ピナレロにドグマのSUVを作って欲しいと頼んだんだ。そうしたら彼らは本当に作ってきたんだよ」 byエドヴァルド・ボアッソン (チームスカイ)…というエピソードを加えるあたり、自転車ファンの心理を掴むのが上手い。このリクエストはおそらく事実だろうが、ここを強調することによって 「コンフォートバイクはピュアレーシングモデルに劣る」 というエンドユーザーの無意識な思い込みを回避することにほぼ成功している。
見た目は、曲線を多用する情緒的なドグマに対して、ずっとスリークで冷静だ。ターゲットとなるユーザーの嗜好を考慮したか、カラーリングもドグマやプリンスに比べてアクが抜けたシンプルなものとなっている。
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