摩訶不思議な状況から突き刺さったミドル弾
キープ力に長けたFW興梠慎三がボールを失うはずがないと、信じて疑わなかったのか。あるいは、やや大げさなゼスチャーとともにピッチに仰向けに倒れ込んだ興梠が、ファウルをもらったと思い込んだのか。
いずれにしても、浦和レッズの選手たちの足は止まっていた。ペナルティーエリアのやや外側に6人が居並び、扇谷健司主審がファウルを告げるホイッスルを吹いてもいないのに、ただ何となく戦況を見つめている。
ホームのヤンマースタジアム長居に浦和レッズを迎えた22日のJ1第22節。FW杉本健勇の電光石火の2ゴールでセレッソ大阪がリードを奪い、1点を返された状況で迎えた前半27分にMF山口蛍が吠えた。
「狙い通りだったというか、前を向いたらフリーだったので。シュートを打ったら入るかなと思ったので、迷うことなくシュートにいこうと」
右サイドからセレッソのMFソウザがあげたクロスを、DF遠藤航がこん身の力を込めて大きく跳ね返す。この時点で最終ラインを上げなければいけないのに、なぜかレッズの選手たちの足取りは重たい。
自陣の中央で興梠とDFマテイ・ヨニッチがセカンドボールを争う。そこへ間合いを詰めた山口が標的をはさみ込み、直後に激しく接触。すかさずこぼれ球を拾って、相手ゴールへ向かってターンした直後だった。
相手ゴールまで一直線に“道”が伸びていた。不思議なことに、レッズの選手が誰一人として視界に飛び込んでこない。右側にいたMF柏木陽介は半歩動いただけで、山口のドリブルによる前進を看過してしまった。
相手ゴールまで約20メートルの地点で、シュート体勢に入る。慌てて遠藤がスライディングしてきたが、時すでに遅し。地をはうような弾道がGK西川周作の牙城を破り、ゴール左隅へ吸い込まれていった。
1ヶ月間で2つも叩き込んだミドルシュート
6月25日のベガルタ仙台との第16節で決めて以来となる今シーズン2得点目。ミドルレンジから豪快に叩き込んだダメ押しの4点目は、Jリーグが定める6月度のJ1月間ベストゴールに選出された。
ハーフウェイラインの左サイドで相手ボールをカットしたソウザが、杉本とのパス交換からそのままタッチライン際をドリブル突破。相手ゴール前へ切れ込みながら、左足でシュートを放つ。
これはGKシュミット・ダニエルに防がれ、大きく弾んだこぼれ球がペナルティーエリアを出ようとした瞬間だった。トップスピードで走り込んできた山口が、ボールの落ち際に合わせて右足を振り抜く。
シュートを放った直後に、必死に間合いを詰めてきた相手選手をジャンプしてかわす高難度の一撃。シュートの回転がかかった強烈な弾道に、シュミットは一歩も動くことができなかった。
「僕のゴールを選んでいただきましたが、ゴールまでの過程には誰かがいるわけで、このゴールはソウザ選手がドリブルで上がっていって、そのこぼれ球をシュートしたものでした。みんなで頑張って守って、チーム全員で獲ったゴールだったというのが一番よかった」
セレッソを通して、山口は選出の喜びをこう語っている。ベガルタ戦のゴールが“剛”ならば、ドリブルで右へ進みながらシュートを放つ刹那に体を捻り、対角線上を切り裂いたレッズ戦のそれは“柔”だった。
「浦和の失点がビルドアップのときのミスから、という形で生まれるのが多かった。そういう狙いをもって全員が試合に入れたし、それを上手く最初から出せたのかなと思う」
レッズの失点パターンを入念に分析。守備から攻撃へ切り替える際に起こるミスが、チーム全体に隙を生じさせる傾向を見抜き、狙い通りに攻撃のキーマンとなる興梠に重圧をかけてボールロストを誘ったわけだ。
ハリルジャパンの窮地を救った伝説の一撃
山口のミドルシュートで真っ先に思い出されるのが、ハリルジャパンの窮地を救った伝説の一撃だ。イラク代表と埼玉スタジアムで対峙した、昨年10月6日のワールドカップ・アジア最終予選第3戦だった。
1‐1のまま、5分間が表示された後半アディショナルタイムも残りわずかになっていた。ゴールへの祈りを込めて蹴り込んだ、MF清武弘嗣(当時セビージャ、現セレッソ)の直接フリーキックも跳ね返される。
万事休す、と誰もが思った次の瞬間に救世主が舞い降りた。ペナルティーエリアの外側にポジションを取っていた山口がこぼれ球に詰め寄り、ダイレクトで右足を一閃。強烈な弾道を相手ゴールに突き刺した。
「もう最後だったので『思い切って振り抜こう』と。あれがちょっとでも浮いていたら、相手選手に当たってダメだったと思うので、しっかりと抑えられてよかったです。世界を見渡してみても、ボランチの選手が点を取るケースがすごく多い。僕がもっと取らなくちゃいけない、という思いはありました」

ハリルジャパンの窮地を救った
(c) Getty Images
試合後に興奮冷めやらない口調でこう語っていた山口だが、もし引き分けに終わっていたら、日本はいまごろグループBでサウジアラビア、オーストラリア両代表の後塵を拝する3位に甘んじているところだった。
日本代表を率いるバヒド・ハリルホジッチ監督は山口の劇的なミドルシュートを高く評価しながらも、セレッソでの試合で決めないどころか、放てない状況が続くことにちょっぴり不満を抱いていた。
「練習の段階から、私は(山口)ホタルの素晴らしいミドルシュートは何度も見ている。ただ、セレッソではボールを奪うところまでは見せてくれても、その後はショートパスが多い。引いた相手が多く、パスを通すスペースがないのだから、枠から外れないように打ってみろとホタルには助言しているのだが」
J1戦線の先に待つ日本代表での大一番へ
8月31日には、来年のワールドカップ・ロシア大会出場をかけた決戦が待つ。埼玉スタジアムにオーストラリア代表を迎える、アジア最終予選第9戦に勝てば6大会連続の出場が決まる。
もし苦杯をなめればオーストラリアに逆転され、最悪の場合、グループAの3位チームとのプレーオフに回る。これに勝っても、北中米カリブ海4位との大陸間プレーオフが待つ。
まさに生きるか死ぬかの大一番。それだけに、ボランチを任される可能性の高い山口がミドルシュートへの意識を高め、バリエーションも増やしてきているのは指揮官にとっても朗報となる。

ワールドカップ・ロシア大会出場をかけた大一番へ
(c) Getty Images
何よりも山口自身が開幕前の下馬評を覆し、首位を快走するセレッソの心臓部で代役の利かない存在感を放っている。現時点でヨニッチと並んで全19試合、1710分間にフル出場中だ。
しかもレッズには開幕直後の3月4日、埼玉スタジアムで完敗を喫している。だからこそ、舞台を変えての再戦は、約4ヶ月半における成長度を計れるチャンスでもあった。
「ある意味、浦和に負けてから自分たちが変わることができた。今日は最近の立ち上がりの悪さを上手く切ることができたけど、もっと得点を積み重ねられたし、防げた失点もあったので」
直近のリーグ戦4試合のうち、3戦で相手に先制される悪しき流れを修正できた。前節まであげた35得点のうち、実に80%にあたる28得点を後半にあげているスロースターターぶりも鮮やかに改善された。
「気持ちの問題だと思う。今日はみんな『いくぞ!』となっていたし、それが表れたんじゃないかと」
前半だけで4点を奪う猛攻で、因縁のレッズ相手に成長の跡を見せつけた90分間。ミドルシュートへの手応えと2失点を喫した守備への反省を深めながら、心技体で最高のハーモニーを奏でる山口がまだタイトルを手にしたことのないセレッソをけん引していく。