【THE REAL】いわきFCの「10番」平岡将豪が見すえる未来…衝撃を与えた天皇杯は序章にすぎない | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【THE REAL】いわきFCの「10番」平岡将豪が見すえる未来…衝撃を与えた天皇杯は序章にすぎない

オピニオン コラム
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■天皇杯敗退後に生まれた珍しい光景

珍しい光景だった。天皇杯での戦いを終え、敵地・IAIスタジアム日本平にへ応援に駆けつけてくれた約100人のサポーターに挨拶したいわきFCの選手たちが、ロッカールームに戻ろうとしない。

彼らが向かった先は、清水エスパルスのサポーターが陣取る反対側のゴール裏。万雷の拍手に続いて「いわきFC」のコールが夜空に響く。「10番」を背負うFW平岡将豪が、チームの思いを代弁した。

「ブーイングもなく、最後はいわきFCのコールまでもしてくれた。本当にありがたかったし、素晴らしい雰囲気を作ってくれたことに敬意を払いたいと思って、挨拶をしに行きました」

12日に行われた天皇杯3回戦。福島県代表のいわきFCは、J1のエスパルスに屈した。開始48秒に先制点を、後半5分には追加点を奪われ、放った7本のシュートは空砲に終わった。

それでも、エスパルスのキャプテン、FW鄭大世は「敵ながらあっぱれですよ。本当に強かった」と試合後に振り返った。スコアほどの差を感じなかったからこそ、サポーターもいわきFCを称えたのだろう。

いわきFCが戦う福島県社会人リーグ1部は、ピラミッドの頂点となるJ1から数えて7部にあたる。選手は全員アマチュアで、しかもエスパルス戦で先発した11人の平均年齢は22.3歳だった。

いわば無名の軍団が、福島県予選決勝でJ3の福島ユナイテッドFCを一蹴。天皇杯2回戦ではJ1の北海道コンサドーレ札幌を、延長戦の末に5‐2で撃破する痛快なジャイアントキリングを成し遂げた。

Jクラブ経験者は一人だけ。JFAアカデミー福島から2014シーズンに、J3のAC長野パルセイロにアマチュア契約で入団している平岡は0‐2の敗戦にも、毅然とした表情で未来を見すえた。

「見ていて楽しいサッカーはできたと思う。チャンスもしっかり作れていたし、ハードに戦えたことは今後への自信になります」

■いわきFCの選手たちが上手くて強い理由

チームを運営する株式会社いわきスポーツクラブの大倉智代表取締役は、「J2でも十分に戦える」と胸を張る。2012年に設立されたいわきFCにターニングポイントが訪れたのは、2015年の年末だった。

アメリカのスポーツ用品メーカー、アンダーアーマーの日本総代理店である株式会社ドーム(本社・東京都江東区)が、東日本大震災からの復興や地域の活性化を掲げていわき市内に物流センターを設立した。

同時にサッカークラブの立ち上げを宣言。すでにいわきFCを運営していた一般社団法人いわきスポーツクラブから権利を譲り受け、湘南ベルマーレ社長を辞任していた大倉氏を代表取締役として迎えた。

掲げたコンセプトは3つ。特にこだわるのが「日本サッカー界のフィジカルスタンダードを変える」だ。いわき市内に約20億円をかけて建設されたクラブハウスには、最新鋭のトレーニングマシンが並ぶ。

ドームのノウハウをいかした筋力トレーニングと、専門の栄養士のもとで管理される1日3度の食事で体を強く、かつ大きくする。昨夏に期限付き移籍で加入し、今年から完全移籍に切り替えた平岡は笑う。

「筋トレはハードですね。この1年で体重は5キロくらい増えました」

もっとも、ラグビーのフォワードのような、筋骨隆々の体を作るわけではない。目指すのはテクニックがあり、走れて、それでいて強い選手。コンサドーレ戦は雨中の死闘を制し、エスパルス戦でも当たり負けしなかった。

筋肉をつけすぎてはいけない、とされてきた日本サッカー界の常識への挑戦といっていい。崇高なビジョンに共感したからこそ、平岡はJ3から4つも下のカテゴリーに移ってきた。

選手たちは午前中に練習を行い、その半分近くを筋力トレーニングにあてる。午後はクラブハウスと同じ敷地内にある、前出の物流センターで働いて生計を立てている。

■JFAアカデミー福島時代の盟友との再会

平岡にとって、エスパルス戦は楽しみにしてきた再会の場でもあった。JFAアカデミー福島の3期生として中学、高校の6年間で苦楽をともにしてきたFW金子翔太がエスパルスでプレーしているからだ。

2点差のままで迎えた後半43分。運動量に長けた金子が、試合を締める役割を担い投入された。同じピッチで時間を共有するのは、高校3年以来、4年ぶりとなる。2人はハイタッチを交わし、初めて敵味方に分かれた。

「敵に回すと、正直、嫌ですね。アイツ、めちゃくちゃ走れるし、守備もハードにやってくるし、それでいてターンの切れもある。ちょこちょこしてウザかった。直接ぶつかり合うことなかったけど、プレッシャーをかけられて、僕が慌ててミスをした場面がひとつあったので。ちょっと悔しいですね」

平岡がかつての盟友を称えれば、4月21日の川崎フロンターレ戦でJ1通算20,000ゴール目を決めるなど、大きな飛躍を遂げた金子も「体つきがまったく変わっていた」と平岡の変貌ぶりに驚いていた。

「腕なんかすごくごつくなっていたし、何よりもプレースタイルの幅が広がっていた。以前はゴール前で相手との駆け引きにすごく長けた選手でしたけど、いまはゲームメイクもするし、下がってボールを受けてサイドに散らしてもいた。攻撃の中心として、すべてをやっていましたからね」

前半18分にはゴール前で相手の重圧を受けながら、それでも倒れない平岡が右へパス。FW菊池将太、MF植田裕史が立て続けに放った決定的な2発を、元日本代表GK六反勇治が止める場面があった。

「六反さんがベガルタ仙台でプレーしていたときに、練習試合で戦っているんですよ。そのときも、シュートを打っても全然入る気がしなかった。あの場面でも最初に一本止めただけでなく、その後の植田のシュートにもしっかり反応していましたからね」

■7部リーグからJリーグへ駆けあがるために

金子だけではない。ベルマーレにMF安東輝、柏レイソルにはDF小池龍太と同期生がいる。特に小池はレノファ山口でJFL、J3、J2と毎年カテゴリーをあげ、いまやJ1のレイソルでレギュラーを担う。

「小池は昔から本当にハードにやっていたし、どんどんステップアップしていった。やっぱり刺激を受けますよね。特に僕がワントップ、金子がトップ下でプレーしていたこともあって、金子がJ1でできるのならば僕もやりたいし、やれるんじゃないかと思うんですよ」

金子によれば、JFAアカデミー福島時代の金子は「問題児だった」という。コーチによくカミナリを落とされる、いわゆるやんちゃ坊主だが、この日はいわき市の名産品を試合前に新婚の金子へ手渡している。

「結婚祝いにって。以前はそんなことをするようなやつじゃなかったんですけどね」

今シーズンの舞台となる福島県社会人リーグ1部を制すれば、来シーズン以降は東北社会人リーグ2部、同1部、JFL、そしてJ3への参入と挑戦が続くが、実は別ルートもある。

10月に開催される全国社会人サッカー選手権(全社)で3位以内に入れば、11月に開催される地域サッカーチャンピオンズリーグへの出場権を獲得。そこで2位以内ならば、JFLへの昇格権を手にする。

そして、いわきFCは全社の福島県大会をすでに制覇。今月下旬に青森県で開催される東北予選会に駒を進めていて、そこで2位に入れば全社に出場できる。一気にJFLまで駆けあがれるチャンスがあるわけだ。

「負けたことは悔しいけど、僕たちの目標は今回の天皇杯ではないので。悲観する必要もないし、次のチャンスへつなげていく上でも、いい形でできたと思う」

J1勢と真剣勝負を演じたことで、むしろ視界は良好になった。夏の陣をへて豊穣の秋へ。平岡をはじめとするいわきFCは、さらに体を鍛えあげながら夢へ突き進む。
《藤江直人》

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