突然吹いた一陣の風を、鹿島アントラーズのボランチ、永木亮太は背中に感じていた。左タッチライン際で獲得した直接フリーキックを託され、仲間のゴールを信じて、ファーサイドへ蹴り上げた瞬間だった。
「キーパーと相手ディフェンダーの間に落とすつもりで蹴ったんですけど。そのときに吹いた風に乗って伸びたというか、そのままキーパーにキャッチされて、味方は触れないのかなと思って」
首位を走る柏レイソルのホーム、日立柏サッカー場に乗り込んだ2日のJ1第17節。負ければ相手に前半戦の首位ターンを許す大一番は、前半24分に先制される苦しい試合展開を余儀なくされる。
迎えたハーフタイム。天皇杯3回戦を含めて、指揮を執って5戦目になる大岩剛新監督から「失点の場面以外は素晴らしい内容だった」と勇気づけられ、臨んだ後半8分に流れが一変する。
エースストライカーの金崎夢生が右サイドからボールをもち運び、ペナルティーエリアの外から迷うことなく右足を一閃。日本代表GK中村航輔が伸ばす両腕の間をすり抜けて、強烈な弾道がネットを揺らした。
わずか3分後。スーパーゴールの余韻が色濃く残るなかで、冒頭の直接フリーキックを得た。一気呵成の逆転を狙ったが、結果としてミスキックになると天を仰ぎかけた。ほんの一瞬だけ風を恨んだ。
しかし、レイソルもまた悪戯な風に翻弄された。コースと落下地点を読み切り、勢いよく飛び出してきた中村が急ブレーキをかける。ボールが風に乗って伸びた分だけ、目測を誤ってしまったからだ。
必死に体勢を立て直し、ゴールへ向けてダイブする中村をあざ笑うかのように、ワンバウンドしたボールがゴールへと吸い込まれていく。永木は苦笑いするしかなかった。
「本当に狙ってなんかいないんですよ。上手く風に乗って入ってくれたというか」
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永木亮太 参考画像
(c) Getty Images
■アントラーズの一員として決めた初ゴール
一時は逆転となるゴールが決まった直後も、6分後に追いつかれる白熱の展開から最後はFWペドロ・ジュニオールの一撃で再び突き放して勝利した試合後も、永木はチームメイトからいじられ続けた。
「本当にたくさんいじられて。特に若いやつらから、けっこう言われましたね」
公式記録上では「直接フリーキック」として記される永木のゴールは、湘南ベルマーレから完全移籍で加入して2シーズン目にして、ようやく生まれたリーグ戦における念願の初得点だったからだ。
「ああいう形のゴールでしたけど、とりあえずリーグ戦で1点取れてホッとしています。ボランチの選手が点を取らなければ、チームとしても上位にいけないと思っていたので。流れのなかから決めたゴールではないですけど、これがひとつのきっかけになればいいですね」
アントラーズの一員としてプレーして43試合、2210分目にして生まれたJ1通算8点目。くしくも2015年9月26日の横浜F・マリノス戦で決めた7点目も、直接フリーキックを叩き込んだものだった。
このときは引き分けに終わったが、今回はしっかりと勝ち点3を手にした。破竹の8連勝を含めて、10戦連続無敗だったレイソルに、約3ヶ月ぶりとなる黒星をつけて首位の座から引きずり下ろした。
「今日は暑かったし、ハードな試合になることは試合前から覚悟していた。実際にその通りになったし、柏は球際の攻防や走る部分がすごく強いので、まずはそこで負けないようにしようと、みんなで言い合っていた。スコアがけっこう入ったけど、そういう部分で頑張れたことが勝ち点3につながったと思う」
後半開始早々に守護神クォン・スンテが相手との接触プレーで負傷退場するアクシデントも、その影響で6分間が表示されたアディショナルタイムも乗り越えて、手にした4連勝の味は格別だった。
■シーズン途中に目の当たりにした名門の掟
Jリーグを代表する名門にして、最多タイトルを誇る常勝軍団ならではの厳しさを目の当たりにした。昨シーズンのセカンドステージから自身を重用してくれた石井正忠前監督が、5月31日に電撃解任された。
その前夜には広州恒大(中国)とのAFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝トーナメント第2戦に勝利し、2試合合計で2‐2のスコアにもち込みながら、アウェイゴール数の差で苦杯をなめさせられていた。
初めてアジアの頂点に立つ夢は道半ばで砕け、連覇を目指したリーグ戦でも7勝5敗と黒星がかさんでいた。昨シーズンに二冠を獲得した功労者も、悪い流れを断ち切るためにチームを去らなければならない。
広州恒大との2試合、さらには0‐3でまさかの完敗を喫していた5月19日の川崎フロンターレ戦でいずれも先発していた永木は、自分自身を含めた選手たちのふがいなさを感じずにはいられなかった。
「石井さんを代えてしまったのは、やっぱり僕たち選手の責任でもある。だからこそ、代わった(大岩)剛さんのもとでアントラーズを勝たせたいという気持ちを、選手それぞれがもっていると思うので。そういう気持ちがいま、ピッチのうえでのプレーになって表れているんじゃないかと」
ベルマーレでプレーした5年間で、シーズン途中の指揮官更迭は経験したことがない。選手それぞれが抱く異なる思いがひとつになり、新たな力を生み出す過程を経験しながら、新たな決意もこみあげてきた。
「剛さんに代わってからすごく流れがいいけど、それでもいつかは悪い流れが訪れるのもまたサッカーなので。そういうときにすぐに切り替えられるような準備をしていくというか、常にいい練習をしていけばズルズルと悪い流れを引きずることもないと思うので。そういう残り半分のシーズンにしていきたい」
■高温多湿の状況下での死闘を制した価値
昨シーズンは未知の世界を次々と経験した。J1の頂点に立ち、FIFAクラブワールドカップ決勝を戦い、天皇杯を制した元日にはゲームキャプテンも務めた。それでも満足できない自分がいることに気がついた。
「現状に満足していたら、それは後退することだと自分では心得ているので。チームと個人が常に向上心をもって、成長し続けるのがアントラーズ。サッカーが上手くなりたいし、フィジカルを強くしたいし、戦術理解も高めたい。細かいところを少しずつ上げていけるように、努力を積み重ねていきたい」
ディフェンスリーダーを務め、日本代表の常連にもなった24歳の昌子源は「タイトルをひとつ取ったら、すぐに次が欲しくなる」と語る。常勝軍団の源泉となる貪欲さが、永木にもすでに芽生えている。
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昌子源 参考画像
(c) Getty Images
レイソル戦の後半アディショナルタイムに足がつった。体力に自信のある永木にとって、おそらくはベルマーレ時代にJ1残留を決めた、2015年10月17日のFC東京戦以来となるアクシデントかもしれない。
「なかなかないことなので。ただ、足がつったのが最後の最後でよかったという感じですね」
交代枠はもう残されていない。苦痛で顔を歪めながら必死で足を伸ばし、戦列に戻った。気温29.3度。湿度69%。心技体のすべてを出し尽くした死闘だったからこそ、手にした白星の価値は大きい。
「見ている方々も面白かったはずですし、戦っている自分たちもすごくテンションが高かった。こういう試合をしっかりと勝ち切れたことは、すごくプラスになる。中2日ですぐに試合があるし、暑い夏になりますけど、今日をベースにして連勝を続けていきたい」
5日には敵地・市立吹田サッカースタジアムでガンバ大阪戦に臨む。ACLの関係で未消化だった一戦に勝てば、前半戦の首位ターンが決まる。約束の地として掲げる連覇へ、一丸となって加速する。