誰もいないはずのグラウンドに、ボールを蹴る音が響きわたる。いつもなら誰よりも早く到着する中村俊輔が驚いて目を凝らしてみると、ひと目で「アイツだ」とわかる丸刈りの大男が一心不乱に汗を流していた。
「責任を感じていたのか、朝からボールを蹴っていたからね」
視線の先には川又堅碁がいた。俊輔は横浜F・マリノスから、川又は名古屋グランパスからともに新天地を求めて、ジュビロ磐田でサックスブルーのユニフォームに袖を通した。
「同じ新加入ということで、マタ(川又)とはよくしゃべっていたので」
若さやポテンシャルを見込まれての移籍ではない。俊輔が38歳なら、川又もアルビレックス新潟でJリーガーになって10年目の27歳。何も言われなくても、即戦力として期待されていることはわかる。
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中村俊輔参考画像
(c) Getty Images
だからこそ、ベガルタ仙台をヤマハスタジアムに迎えた、3月4日のホーム開幕戦には納得できなかった。全体の半分となる5本のシュートを放ち、そのうち2度は決定的な場面ながらネットを揺らせなかった。
両チームともに無得点が続いた均衡を破られた5分後の後半34分には、MF松本昌也との交代でベンチへ退いた。さあ、これからという矢先にピッチを後にする。自らへの不甲斐なさに体を震わせた。
結局、ジュビロも0‐1のまま苦杯をなめさせられた。引き分けたセレッソ大阪との開幕戦に続くノーゴール。先発でワントップを任されているからこそ、川又は計り知れないほどの悔しさを胸中に募らせていた。
「ホンマに開幕してからの2試合が、あまりに不発すぎて。今日ゴールを決められんかったら、もうメンバーから外れてもいい、というくらいの気持ちでやりました」
ベガルタ戦から一夜明けた5日。ヤマハ大久保グラウンドに一番乗りし、迷いや不安を断ち切るかのようにシュートを打ちまくった。積み重ねられた努力は、6日後に確固たる結果となって報われることになる。
■あきらめない執念が生んだ移籍後初ゴール
大宮アルディージャのホーム、NACK5スタジアム大宮に乗り込んだ11日の第2節。後半開始を告げる主審のホイッスルが鳴り響いたわずか2分後に、待ち焦がれた瞬間が訪れる。
攻撃参加してきたアルディージャの左サイドバック、大屋翼のドリブルが大きくなり、ボールが足から離れた直後に、キャプテンのDF大井健太郎が必死の形相で大きくクリアする。
ボールは一気に前線へ。自軍のゴール前へ懸命に戻りながら、ワンバウンドした落ち際をアルディージャのキャプテン、DF菊地光将が支配下に収めてかけているようにも見えた。
しかし、背後からピタリと迫っていた川又の、何がなんでもあきらめない執念がプレッシャーとなって伝わったのか。大きく蹴り出せばいい場面で、菊地は真上へボールを上げてしまう。
「相手(菊地)も後ろ向きだったので、チャンスかチャンスじゃないかって言ったら、あまりチャンスじゃないと普通の人は思うかもしれんけど」
再び落下してくるボールを、どちらかが支配下に収めるか。体と体をぶつけ合わせてのポジショニング争いにもちこめば勝てると、184センチ、75キロと筋肉質のボディを誇る川又はひらめいた。
危険を察知したもう一人のセンターバック、河本裕之も菊地をヘルプしようと駆けつけてくる。それでもバランスを失うことなく、ワンバウンドした直後のボールを目がけて利き足の左足を強引に振り抜いた。
シュートは菊地と河本に当たって威力を殺されながらも、次の瞬間、再び川又の目の前へと転がってくる。ブロックに精いっぱいだったセンターバックの2人は、体勢を崩してもはや対処できない。
「ああいうのをゴールに結びつけられたのは、自分にとってもちょっと自信になりましたね」
図らずも訪れた相手ゴールキーパー加藤順大との1対1を、今度は冷静沈着にコースを狙い定めて制した。右隅に吸い込まれた移籍後初ゴールが、結果的にジュビロを初勝利に導く決勝点となった。
■延べ8チームを渡り歩いたサッカー人生
愛媛県立小松高校在学中にJFA・Jリーグ特別指定選手として登録され、J2で2試合に出場した愛媛FCを皮切りに、今シーズンからプレーするジュビロが延べ8チーム目となる。
飛躍するきっかけをつかんだのは、2012シーズンに期限付き移籍で加入した、延べ5チーム目となるファジアーノ岡山。J2で2位となる18ゴールをひっさげて、翌2013シーズンにアルビレックスへ復帰した。
開幕直後こそ途中出場が続いたものの、5月3日の清水エスパルス戦で通算36試合目にして待望のJ1初ゴールをゲット。レギュラーの座をも不動のものにすると、一気に量産体制に入る。
2度のハットトリックを含めて、最終的には得点王のFW大久保嘉人(当時川崎フロンターレ)に3差まで迫る23ゴールをマーク。アルビレックスの日本人選手では初めてベストイレブンにも選出された。
無名の存在から得点ランク2位に躍り出た川又は、日本代表を率いていたアルベルト・ザッケローニ監督にも注目される。翌2014年4月に国内組だけで行われた、日本代表候補合宿にも招集された。
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川又堅碁参考画像
(c) Getty Images
2ヶ月後に開幕した、ワールドカップ・ブラジル大会の代表入りはかなわなかった。そして、中断明けのJ1での戦いで、川又は先発することはおろか、ベンチにも入れない状況に直面する。
当時のアルビレックスを率いていた柳下正明監督は、川又をベンチ外とした理由を「準備不足」と説明したことがある。もっと踏み込んでいえば「チームを勝たせるための準備ができていない」となる。
チームの戦術的な変化。中断前の14試合で3ゴールに終わり、アピールできなかったことへの焦り。最終的に代表入りを逃したことで生じた虚脱感。すべてが空回りする状況を生み出した。
その年の8月にはグランパスへ完全移籍。再起を期したが、2015シーズンの9ゴールが最高とトップフォームを取り戻せない。チームがJ2に降格したこともあり、昨シーズンのオフに再び新天地を求めた。
■開通が待たれる俊輔とのホットライン
小松高校時代に練習参加したジュビロには不思議な縁を感じる。高校時代の恩師、真鍋秀樹監督は新居浜工業監督時代に、後にジュビロの黄金期を支える福西崇史を育てている。
憧れの中山雅史が、いまもギネス記録として輝く4試合連続ハットトリックを達成したのもジュビロ。そして今シーズン、同じ左利きの歴代屈指の司令塔、俊輔の操るパスに最前線で反応する。
アルディージャ戦の前半開始わずか5分には、俊輔も移籍後初ゴールを決めた。十八番の直接フリーキックを、強烈な弾道で突き刺す光景に勇気づけられたと川又は笑う。
「あれで気が引き締まった。みんなが自信をもってプレーしている、と試合中にずっと感じていましたから」
一方の俊輔も、川又の初ゴールをまるで自分のことのように喜んだ。
「すごく泥臭かったけど、マタのよさが逆に出たよね。朝からボールを蹴っていたのが実ったと思う」
今シーズンのジュビロのFW陣は、川又の他には2人しかいない。ロアッソ熊本から加入して2年目の齊藤和樹はJ1で無得点が続き、U‐20日本代表候補の小川航基はまだJ1の舞台にすら立っていない。
そうしたチーム状況も、川又の十字架となっていたのかもしれない。だからこそ、可能性を追い求めてもぎ取った初ゴールは、ジュビロと川又にプラスアルファの価値をもたらす。
「真面目に考えんほうがいいときもあると感じましたね。ゴールを取らないかん、取らないかんという精神状態でサッカーをするのは、あまりよくないと」
風貌からも連想させるたくましさと、天真爛漫な無邪気さを同居させるのが川又のプレースタイル。呪縛から解放されたいま、俊輔とのホットラインを完成させることができるかどうか。
得失点差をプラスマイナスでゼロ以上にすれば、J1で中位以上の順位に入れる。名波浩監督が描く目標を成就させるためには、野性味あふれる武骨なストライカーの完全復活を抜きには語れない。