【THE REAL】FC東京の必殺ドリブラー、中島翔哉が抱く矜持…突出した「個」が組織を活性化させる | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【THE REAL】FC東京の必殺ドリブラー、中島翔哉が抱く矜持…突出した「個」が組織を活性化させる

オピニオン コラム
中島翔哉 参考画像(2016年1月30日)
  • 中島翔哉 参考画像(2016年1月30日)
  • 中島翔哉 参考画像(2016年3月28日)
  • FC東京 参考画像(2016年4月20日)
  • 中島翔哉 参考画像(2016年8月4日)
  • 中島翔哉 参考画像(2016年1月22日)
■迷うことなく放った右足からのシュート

選択肢はなかった。ゴールまでの距離が遠くても、シュートコースがほとんど見えない状況でも、FC東京のMF中島翔哉はただひとつのことだけを考えて右足を振り抜いた。

「普段から練習していますし、決められる自信があったから打ちました。自分が試合に出たら、自分がゴールすることだけを常に考えているので」

敵地カシマサッカースタジアムに乗り込んだ、2月25日のJ1開幕戦。キックオフ直後から一進一退の攻防が繰り広げられ、両チームともに無得点のまま迎えた後半37分に試合が動いた。

敵陣のほぼ中央でこぼれ球を拾ったMF橋本拳人が、左サイドでフリーだった中島へパスを通す。対面にいた鹿島アントラーズのDF山本脩斗が、すかさず間合いを詰めてくる。

次の瞬間、中島は右方向へドリブルを開始する。今度はバイタルエリアを締めていたMF永木亮太が、ボールを刈り獲ろうと迫ってくる。この時点で選択できるプレーは3つあった。

FW大久保嘉人、MF永井謙佑と味方が2人いるファーサイドへのクロス。橋本をはじめとする味方を使ってワンツーでペナルティーエリア内へと侵入する。あるいは、無謀に映ってもいいからシュートを放つ。

中島は迷うことなく、最も難易度の高い最後の項目を選んだ。コースは自身から見て右斜め前、アントラーズの両センターバック、植田直通と昌子源の間に生じていた2メートルほどの隙間しかない。

「ファーサイドに速いシュートを狙ったんですけど。狙い通りじゃなかったというか、あまりいいシュートではなかったので。運がよかったのかな、と思っています」

距離にして約20メートル。中島としてはカーブをかけながら、ゴールの右上の一番隅を射抜くイメージを描いていたのだろう。しかし、やや力んでしまったのか。シュートは低空飛行で飛んでいく。

そして、アントラーズのGKクォン・スンテの目の前でワンバウンド。タイミングを微妙に狂わされたスンテは、両手で小さく弾き返すのが精いっぱいだった。

■レジェンド釜本邦茂氏によるストライカーの定義

日本サッカー界が生んだ不世出の名ストライカー、釜本邦茂氏からこんな言葉を聞いたことがある。

「30センチの幅があればボールは通る。ゴール前でボールを受けたら、シュートを打てばいいんですよ」

自分がゴールすることだけを常に考える
(c) Getty Images

自らが放ったシュートが決まればもちろん言うことなし。たとえ相手に防がれたとしても、何かが起こる確率が一気にはね上がる。シュートを打たなければ何も始まらない、と釜本氏は力説した。

果たして、中島が強引にシュートを放ち、スンテが弾き返した直後に、両チームにとって不測の事態が起こった。こぼれ球に真っ先に反応したのは、アントラーズのDF三竿雄斗だった。

しかし、背後には大久保と永井が肉迫していた。ちょっとでも処理を誤れば、ボールをかっさらわれてゴールされる。はかり知れないほど大きなプレッシャーを、三竿は背中に感じていたはずだ。

正確な判断が求められる状況で、プレッシャーは焦りとミスを導く。案の定、こぼれ球をゴールバーの上へ蹴り出し、コーナーキックに逃れようとした三竿は自軍のゴールに押し込んでしまった。

均衡を破る待望の先制点は、2‐1で逆転勝ちを収めた2007年6月30日以来、実に10年も遠ざかっていたカシマサッカースタジアムでのリーグ戦白星を引き寄せる値千金の決勝ゴールとなった。

国際Aマッチ通算75ゴールは日本代表で歴代最多。銅メダルを獲得した1968年のメキシコ五輪では大会得点王を獲得している釜本氏の言葉は含蓄に富み、有無をも言わさぬ説得力をもつ。

要はシュートを積極的に放ち、ゴールを奪う選手を「ストライカー」と呼ぶ。ルール上のポジションはどこでもかまわない。釜本氏の定義に則れば、MF登録の中島もまぎれもなくストライカーとなる。

「次はちゃんとシュートを決められるように、もっともっと面白い試合がしたい」

昨シーズンの二冠王者アントラーズから泥臭くもぎ取った開幕戦勝利を喜ぶ輪のなかで、164センチ、64キロの小さなドリブラーの笑顔が弾けた。

■打倒アントラーズのキーマンとなった開幕戦

2017シーズンの初陣を、ベンチで迎えた。リオデジャネイロ五輪を戦い終えて、FC東京に戻った昨年8月以降に定着した左MFには、名古屋グランパスから加入した永井が先発として指名された。

永井だけではない。GK林彰洋(サガン鳥栖)、DF太田宏介(フィテッセ)、MF高萩洋次郎(FCソウル)、そして大久保(川崎フロンターレ)。このオフに5人の日本代表経験者が加入した。

限られているポジションをめぐって、必然的に競争意識があおられる。巨大補強が注目されること。あるいは、既存の選手たちがライバル心を抱くこと。これらに中島は「あまり興味がないです」と無関心を貫いた。

リオデジャネイロ五輪での戦い
(c) Getty Images

「大事なのはピッチでどのようなプレーをするか。いい選手がそろえば、それだけいいサッカーができる可能性がある。すごく楽しみだし、これからもっとよくなっていくと思うので」

開幕戦で先に動いたのはアントラーズだった。後半11分。右サイドバックの西大伍に代わって、左サイドバックが本職の三竿を投入。山本を左から右に回した布陣に、FC東京の篠田善之監督はピンと来た。

「永井のスピードを警戒しての交代だと思った。そこで逆に左に(中島)翔哉を入れれば、前を向いて仕掛けられるとも思った。時間とスピードを変えて、相手がさらに嫌がることをやりたかったので」

後半18分から中島が主戦場の左に入り、永井は右に回った。変幻自在かつ高速なドリブルを駆使する中島が山本に、将棋にたとえれば香車の韋駄天・永井が三竿と両サイドバックにプレッシャーをかけ続ける。

「ゴールすることだけを意識していました。ドリブルでもパスでもいいから、まずはゴールに向かっていこうと。あとは、とにかくサッカーを楽しもうと」

ファーストプレーで、MF東慶悟とのパス交換からペナルティーエリアの左側へドリブルで侵入した。PKを与えたらまずいと、止めにきたMFレオ・シルバがチャージをためらうほどの切れ味とスピードだった。

■組織のなかの「個」を尊重してくれる指揮官

球離れが遅いと、中島はよく指摘される。ドリブルにこだわるあまり味方を使わず、挙げ句には潰される。独り善がり的にも映るプレーは、アントラーズ戦の後半30分に飛び出している。

自陣からドリブルを開始。ハーフウェイライン付近でレオ・シルバと山本をぶち抜き、ペナルティーエリアの手前にまで一気に進んでいく。このとき、左サイドを大久保がフリーでフォローしていた。

相手のマークを引きつけたうえで、大久保にパスを出せばゴールが生まれていたかもしれない。それでも、中島はドリブルでの中央突破を選択。3人に囲まれた末にボールを失った。

「翔哉は自分でボールを運べるし、攻撃にスイッチを入れられる選手です。球離れがどうこうとありますけど、翔哉のよさはああいうシュートにある。彼の特徴を尊重しつつも、あとは周りとの関わりですね。

自分がパスを出してまた前へいって受ければ、相手にとってよりインパクトのある、嫌な選手になれる。もちろん、自ら仕掛けていくことは引き続きトライしていってほしいと思っていますけどね」

篠田監督は中島の姿勢を咎めず、むしろ組織のなかで生かしたいと今後を見すえた。昨シーズンの序盤を振り返れば、城福浩前監督のもとでベンチにすら入れず、U‐23チームの一員としてJ3でプレーしていた。

個人が突出しすぎることを、前監督はよしとしなかったのかもしれない。新加入組がまず「個」を発揮しているいまは、中島も共鳴するように「個」を表現してハイレベルでの融合を図っている。

「相手も鹿島だったし、大きな弾みになる。チームとしては一戦一戦いいサッカーをして、最終的に上の順位にいること。個人的には楽しみながら、ゴールを奪い続けていきたい」

昨シーズンの得点王、ピーター・ウタカの加入も決まった。さらに激しくなる競争へ、ピッチを離れれば控え目に話す22歳の若武者は「自信はずっともっています」と小さな声で、それでいて力強く前を向いた。
《藤江直人》

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