【山口和幸の茶輪記】ジロ・デ・イタリア100回記念大会はサルディニア島で開幕 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【山口和幸の茶輪記】ジロ・デ・イタリア100回記念大会はサルディニア島で開幕

オピニオン コラム
【山口和幸の茶輪記】ジロ・デ・イタリア100回記念大会はサルディニア島で開幕
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  • サルディニア島出身のファビオ・アルー
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1909年に始まったイタリアを一周する自転車ロードレースのジロ・デ・イタリアは、100回大会となる2017年に地中海に浮かぶサルディニア島で開幕すると9月14日に発表した。

2013年に100回大会を開催したツール・ド・フランスも地中海のコルシカ島を出発しただけに、今回も興味深い。

1903年に始まった世界最大の自転車ロードレースであるツール・ド・フランスは、第一次世界大戦の影響により1915年から1918年まで、第二次世界大戦で1940年から1946年まで中止を余儀なくされた。そのため2013年に行われたレースが100回目の記念大会だった。

サルディニア島がジロ・デ・イタリアの開幕地となるのは1991年、2007年に続いて3度目

一方、ツール・ド・フランスより6年遅く誕生したジロ・デ・イタリアもふたつの世界大戦によって中断した時期があったが、第二次世界大戦による中断は1941年から1945年まで。ここで2大会ぶん挽回し、ツール・ド・フランスに遅れること4年で100回大会を迎えることになる。

第二次世界大戦の当事国でありながら、敗戦の翌年にはフランスよりも早くナショナルステージレースを開催した。敗戦国として英仏などに賠償金を支払う必要のあったイタリアがどうやって再び国民の士気を高揚させ、まとめることができたのか。それはジロ・デ・イタリアの復活が鍵だった。

戦前のチャンピオンであるジーノ・バルタリに、ファウスト・コッピという若きライバルが出現したことが起死回生の決め手となる。自転車はまたたく間にイタリアの一番人気スポーツとなるのだ。

ツール・ド・フランスの100回大会は開幕からの3日間を地中海に浮かぶフランス領のコルシカ島で過ごした。同島は広島県ほどの面積があり、2県が置かれている。ナポレオン1世(ナポレオン・ボナパルト)の出身地であり、最終日にパリのエトワール凱旋門にゴールするという歴史的な演出をツール・ド・フランス主催社がプログラムしたのである。それはもうフランス各地の世界遺産をめぐるという壮大なスケールのレースであった。


ジロ・デ・イタリア100回大会もそれを踏襲するように開幕地が設定され、2017年5月5日にサルディニア島で開幕し、その島で最初の3ステージを開催する。サルディニア島はコルシカ島の南に並ぶようにあり、面積は四国とほぼ同じというからコルシカ島よりも一回り大きい。

フランスのコルシカ島とイタリアのサルディニア島の最短距離はなんと12kmだ。ツール・ド・フランス100回大会の折にボクもコルシカ島に滞在したが、最南端にあるボニファシオの断崖絶壁に立つと手に取るようにサルディニア島が見えた。ボニファシオから海岸沿いを西に行けばナポレオンが生まれたアジャクシオという町がある。海岸線に立ってイタリア領をながめていると、大砲をぶっ放してあの地を征服したい気持ちになるのがよーく分かった。
《山口和幸》
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