【山口和幸の茶輪記】ブエルタ・ア・エスパーニャの歴史…ツールにもジロにも負けない | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【山口和幸の茶輪記】ブエルタ・ア・エスパーニャの歴史…ツールにもジロにも負けない

オピニオン コラム

【山口和幸の茶輪記】ブエルタ・ア・エスパーニャの歴史…ツールにもジロにも負けない
  • 【山口和幸の茶輪記】ブエルタ・ア・エスパーニャの歴史…ツールにもジロにも負けない
  • 【山口和幸の茶輪記】ブエルタ・ア・エスパーニャの歴史…ツールにもジロにも負けない
  • 【山口和幸の茶輪記】ブエルタ・ア・エスパーニャの歴史…ツールにもジロにも負けない
  • 【山口和幸の茶輪記】ブエルタ・ア・エスパーニャの歴史…ツールにもジロにも負けない
  • 【山口和幸の茶輪記】ブエルタ・ア・エスパーニャの歴史…ツールにもジロにも負けない
  • 【山口和幸の茶輪記】ブエルタ・ア・エスパーニャの歴史…ツールにもジロにも負けない
  • 【山口和幸の茶輪記】ブエルタ・ア・エスパーニャの歴史…ツールにもジロにも負けない
  • 【山口和幸の茶輪記】ブエルタ・ア・エスパーニャの歴史…ツールにもジロにも負けない
ジロ・デ・イタリア、ツール・ド・フランスとともにグランツール、あるいは三大ステージレースと呼ばれるスペイン一周の「ブエルタ・ア・エスパーニャ」。

知名度としては日本でも国際的にもナンバー3だが、そこにはスペインならではの魅力があって、他の2大会とはかなり雰囲気が異なる。

ツール・ド・フランスは2016年に103回大会を行い、そしてジロ・デ・イタリアは2017年に100回大会を迎える。いずれも100年前後の歴史を有するのに対し、ブエルタ・ア・エスパーニャはその歴史が浅く、1935年に始まった。

しかも1937年には内戦が勃発し、ドイツ軍の援護を受けたフランコ独裁政権がスタートして大会は中断。1941年にようやく第3回が開催されるが、たった2年で第二次世界大戦となり、再開したのは1945年だった。しかも40年近く続いたフランコ政権時代は、ブエルタ・ア・エスパーニャが国外向けに露出されることはなく、1980年代になってようやく国際性を持つようになった。


■9月開催でトップ選手も参戦

開催時期も戦略的に変更した。当初は4月に開催されていたが、グランツールとしての位置づけを狙って9月開催にスライド。以来、5月のジロ・デ・イタリアや7月のツール・ド・フランス前に体力を消耗したくなかった有力選手が参加するようになり、大会規模もグンと両大会に近づいた。近年はツール・ド・フランスを主催するASOが運営に参画し、そのノウハウを投入。以前よりも国際的になり、その認知度は飛躍的に高まった。

それでもブエルタ・ア・エスパーニャはスペイン独特の雰囲気を今も随所に残す。スペインならではの風景の中を走るからでもある。もともとスペインは夏に自転車で走るのはあまりにも暑すぎることから、ピレネー山脈に近い北スペインだけが自転車の盛んな地域だった。しかしスペインを代表するステージレースなのだから、できるだけスペイン国内を一周し、最終日はできるだけ首都マドリードにゴールしたい。近年は40度の猛暑に悩まされながらもスペイン全土をめぐる。

勝負どころはピレネー山脈だけではない。ビスケー湾岸にはカンタブリカ山脈があり、その一角にあるアストゥリアス地方の過疎地には、地元民の生活路として使われていない信じられないほどの厳しい上りがある。他の欧州諸国では道路構造令などの法律上、ありえないほどの激坂がいくつも登場するのもスペインだからだ。

さらに南部のシエラネバダ山系は標高3000mを超える山もある。全体として山岳ステージがとても多く、選手としてもタフな精神力が要求される。それだけにファンとしては見応えのあるレースなのだ。


南部のアンダルシア地方など殺伐とした陸地を走ることもあるが、独特の白壁に太陽が照りつける村々を走り抜け、非常に美しいシーンを見せてくれる。そんな風景の中に、巨大な黒牛の看板が出現することもある。これはもともと酒造メーカーの看板で、当初はロゴ入りだったが、ドライバーの視線が釘付けとなって交通事故が多発したため、黒く塗りつぶされてしまったらしい。

■郷に入れば郷に従え

宿泊ホテルはどれも重厚で歴史あるものだが、内装はきれいに整備され、とても居心地がいい。フランスなどに比べると料金も激安で、宿泊料の中に朝食が含まれるのがスペイン風だ。ホテルの朝食では、ニンニクと完熟トマトをパンに塗りたくって食べる。パンをトーストする場合はオリーブオイルをたっぷりとかける。もちろんオレンジは半分に切って自動絞り器でジュースにして飲む。

夕食はあきれるほど遅く、夜の10時くらいに食べるのがスペイン流だ。バルと呼ばれる一杯飲み屋には大皿に一口サイズのタパスが並べられ、それをつまみながら飲む。店員もチェックしているとは思えないので、会計はおそらくおおざっぱだ。床には紙ナプキンや料理を刺していたつまようじがそのまま捨てられ散乱する。郷に入れば郷に従えである。

今年のブエルタ・ア・エスパーニャはリオデジャネイロ五輪と開催時期が一部重複したこともあり、スプリント系選手をはじめとした強豪選手が不在となり、15区間で初優勝選手を生んだ。グランツールの中では売り出しやすい大会。こうしてチャンスをものにした選手が、かつてのクリストファー・フルームのように大成していくのだろう。
《山口和幸》

編集部おすすめの記事

page top