【THE ATHLETE】スポーツ界に課せられた大きな課題…脳震とうとアルツハイマーの危険な関係 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【THE ATHLETE】スポーツ界に課せられた大きな課題…脳震とうとアルツハイマーの危険な関係

オピニオン コラム
クリス・ボーランド(2014年11月16日)
  • クリス・ボーランド(2014年11月16日)
  • クリス・ボーランド(50番、2014年10月19日)
  • クリス・ボーランド(2014年11月2日)
  • クリス・ボーランド(2014年11月16日)
  • クリス・ボーランド(左、2014年11月27日)
サンフランシスコ・49ersのラインバッカー(LB)、クリス・ボーランドが今月引退を表明した。2014年にNFLデビューしたばかりの若者が現役を退いた理由は、脳震とうによる健康への悪影響を危惧してだった。

アメリカンフットボールと脳震とう、そして障害の因果については、これまでも議論が重ねられてきた。引退した元選手ら約4500人が集団でNFLを訴えた脳震とう訴訟も大きな話題になった。

「NFLは脳震とうの危険性を知りながら、隠蔽し選手を危険な目に遭わせた」と原告は主張した。この裁判は2014年に和解が成立し、NFLは7億6500万ドル(約915億円)の支払いに合意した。





■医学が進むことで見えてきた脳震とうの恐怖

脳震とう訴訟に関連した調査で、ある驚くべきデータが明かされた。それは頭部に何度も強い衝撃を受けた選手は、アルツハイマーや認知症を発症する確率が一般人の2倍というものだった。ALS(筋萎縮性側索硬化症)やパーキンソン病の発症確率も上がり、うつ病の原因になり自殺率も高いと言われている。

NFLと認知症の関連性は2007年の頃すでに一部で言われ始めたが、当初リーグは頑なに否定した。しかし2010年代に入るころから態度を軟化させた。慢性外傷性脳症(CTE)、いわゆるパンチドランカーの研究が進み、医学が徐々に外堀を埋め始めたのが大きい。また引退した元選手が拳銃自殺した事件も、世間に大きな衝撃を与えた。

現在のNFLは脳震とうに対し以前よりも注意を払うようになった。試合中に脳震とうを起こした選手の出場制限や、頭部への危険な当たりを禁止するなどルールの整備が進む。2015年1月、リーグは取り組みが実を結び、脳震とうが25パーセント減少したと公表した。

■競技人口拡大のためにも安全なイメージが欲しい

NFLのルール変更は選手やファン、コーチから反発も受けた。これまでアメリカンフットボールの華とされてきた激しいヒット、力強いディフェンスのプレーが多く反則とされたためだ。選手からすれば「やってらんねえよ!」と感じることもあるだろうし、コーチも「その程度で罰退させるのか」といまだ納得はしていないだろう。

しかしNFLは改革の歩みを止めるわけにいかない。近年アメリカンフットボールの競技人口は減少しており、原因の一端は競技の危険性が浮き彫りになってきたことと無関係ではないからだ。

バラク・オバマ大統領も「フットボールは好きだが、もし自分に息子が居てプレーしたいと言いだしたら、よく話し合う必要があるだろう」と2013年に発言している。そしてスポーツ界の、危険性を減らそうとする取り組みについては「魅力が薄れるという意見もあるが、選手たちの安全が優先だ」と話した。

世の親が持つ率直な感想ではないだろうか。

■タフガイ信奉が生む脳震とうと同調圧力

チームや選手の自主性、自己責任に任せるのではなく、リーグが自らの責任を果たすことには、選手を守る上でも大きな意味がある。

アメリカンフットボールはタフな男がやるスポーツ、男の中の男のスポーツというイメージが根強い。女子アメリカンフットボールも徐々に広がりを見せてはいるが、いまだアメフトと言えば大柄な男たちがぶつかり合っているイメージだろう。

そうした世界には「脳しんとうごときで休むのは軟弱野郎」という価値観が残る。骨が折れてるわけでも、靱帯が切れているわけでもない、見た目には問題ないのに欠場するのか。





一見して分かりやすい外傷がないため軽視されてしまう。だからこそ脳震とうは怖いのだが伝わらない。ロッカールームで笑われないため、自分の株を下げないため本調子ではないのに隠して出場する。

また指導者も脳震とうへの理解や十分な知識が欠けている場合、自分たちの時代なら当然のように出たという価値観の押しつけ、強要が行われる。そうした集団内での圧力や暴力は、行使する側はそれと気づかず行っていることも多い。

過剰に男であることを求められる世界で、常にタフであることを義務づけられながら「出られるか?」と聞かれ「出られません」と答えるのは、それこそ周囲の圧力に負けない度胸が必要になる。

だが無理に出た試合で再び頭部を打つと、短期間に続けて脳震とう起こすことにより、高いダメージを受け重症化する「セカンドインパクト症候群」につながる。

そうした危険性から選手を守るため統括団体は、彼らに言い訳を用意する必要がある。「本当は出たいけど下らないルールのせいで出られないんだ。隠して出てバレたら、チームもペナルティを食らうし仕方ない」と言えるように。

判断を個人の責任に帰するのではなく、リーグ機構が自分たちの責任でルールを作る。そうしたことは今後、他の競技でも必要になってくるだろう。
《岩藤健》

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