【小さな山旅】日立の大煙突を神峰山から眺める旅に出る…御岩山~神峰山(3) | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【小さな山旅】日立の大煙突を神峰山から眺める旅に出る…御岩山~神峰山(3)

オピニオン コラム
神峰山の頂上からの景色。日立の海や町とともに、日立の大煙突の姿が見える。
  • 神峰山の頂上からの景色。日立の海や町とともに、日立の大煙突の姿が見える。
  • 取材日は晩秋であったため、紅葉が綺麗であった。
  • 神峰山頂上付近にある神峰神社。この先に頂上がある。
  • 神峰山頂上。標高598mなり。低いながらも、魅力いっぱいの山であった。
  • 頂上には大煙突の石碑がある。石碑の向こうには、現在の大煙突の姿が見える。
  • 今回の山旅のお供が作ったお弁当。寒い季節に温かい飲み物は嬉しい。
  • 頂上で見つけたハート型の水たまり? 偶然? それとも?
  • 頂上から見た高鈴山。木々の間から目印の雨量観測塔がうっすらと見える。
神峰神社の脇を通り抜けると、神峰山の山頂に到達した。「神峰山598m」と書かれた看板のすぐそばに、石碑があった。石碑には、かつて世界一の高さを誇った大煙突が、当時の姿で描かれていた。

石碑の向こう側は景色が開けており、日立の街や海がよく見えた。そして、街の傍らの小さな山に、小さな煙突が煙をもくもくと噴き上げ立っているのが見えた。この煙突こそが、石碑に描かれている「日立の大煙突」の今の姿である。

■日立の大煙突

この「日立の大煙突」は、1914年に日立鉱山が煙害対策に建てた煙突である。日本を代表する工業都市であった日立市。街を発展させてくれた工業ではあるが、どうにも煙は厄介ものだ。ならば、高い煙突を造って、煙害を防いでしまおうではないか。という経緯で造られたのが、155.7mという当時世界一の高さを誇る大煙突であった。

市内のどこからでも見ることができたという大煙突は、たちまち工都・日立市のシンボルになり、新田次郎氏の小説「ある町の高い煙突」のモデルにもなった。

実を言うと、今回の山旅はこの大煙突を眺めるのが最たる目的であった。であるから、御岩山の山頂に達した時点で、時間的都合から「花の百名山」高鈴山と神峰山のどちらかしか登れないという状況において、神峰山を迷わずに選んだ。

そのくせ、筆者は大煙突の存在を何となくしか理解していなかった。その名を聞いたことはあったが、車で通り過ぎる時にちらりと見た程度のもの。大煙突がどういう目的で造られたとか、当時世界一の高さであったとか、それが今では倒壊してしまい1/3ほどの高さになってしまったとか、小説の題材になっていることとか、そのような知識はまるでなかった。

それでも、「大煙突」という言葉の響きに魅せられた。大団円に大辞典、大接戦、大横綱、大リーグ、大観覧車……。そして、三大夜景に、三大美人。”大”という言葉には、心が強く惹かれるようなものが多い。

自宅の本棚を見てみると、コリン・フレッチャーの遊歩大全、水木しげるの妖怪大百科、黒田硫黄の大日本天狗党絵詞、踊る大捜査線のDVD、アクアタイムズの「等身大のラブソング」のCD、大島優子の写真集…などなど、”大”という文字のつく本やらDVDが多いことに気付く。

”大”煙突。それはどれほど魅力的なものなのか。この目で見て確かめたくなり、神峰山まで足を運んだ次第である。

頂上に備え付けられたベンチに座り、ぼんやりと煙突のある風景を眺めながら、ぼんやりと飯を食う。

倒壊して”大”が付くほどの大きさではなくなってしまったが、それでもどこか威厳に満ちた風貌である。石碑に描かれた過去の大煙突と見比べても、威厳という点においては遜色がない。

長年人々に愛されてきた歴史が、世界一の高さという記録の代償に、この威厳を与えてくれたのであろう。
《久米成佳》

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