熟成を重ねたフェルトの最強モデル vol.1 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

熟成を重ねたフェルトの最強モデル vol.1

オピニオン インプレ
安井行生のロードバイク徹底インプレッション
安井行生プロフィール

熟成を重ねたフェルトの最強モデル
ビッグブランドの旗艦ながら、最新のインテグラルシートピラーも、力強い大口径BBも、頼もしい極太フォークコラムも、空力に優れたフォルムも、そして派手なカラーリングも持たない。スペックマニアからは見向きもされなさそうな一台だが、しかしツール・ド・フランスを始めとするプロレースシーンでは今でも大活躍を続けているという、少し不思議な存在。そんなF1SLについて、安井はどのように考え、どんな判断を下したのか。フルモデルチェンジを控えた末期モデルに関する、興奮と感動の報告である。
(text:安井行生 photo:我妻英次郎/安井行生)
地味だ。イタリアンバイクのような押し出しの強さは皆無。デザインやグラフィックもそうだがスペックも然り。所謂 「最新スペック」 と言われるものは一切持っていない。表層デザイン以外、何年も前から何も変わっていないように見える。
Fシリーズがカーボン化され現在の形状になったのが2005年 (車名:F1C)。2007年末には素材のグレードを大幅に変更し、形状は同じながら中身は全く別物になるなど、外見はほとんど変えぬままモデルチェンジを繰り返す。ナノテクノロジーが導入され、F1SLとなったのは2008年末のことである。そう考えると本当に息の長いモデルだった。
一つの車種に毎年毎年マイナーチェンジを施しながらじっくりと育て上げるというフェルトの手法は、毎年ニューモデルを大盤振る舞いしてユーザーの購買意欲を煽りまくる 「その他大勢」 とは対照的である。商品力・訴求力という点では劣るかもしれないが、このドイツブランドの実直なやり方に好感を持つサイクリストも多いだろう。
なめらかなフレーム表面からフルモノコックだと思われがちなこのFシリーズだが、フロント三角、シートステー、チェーンステーからなる3ピース構造であり、接合には各パーツを溶かしあいながら繋ぐ 「モジュラーモノコック」 という方法が使われる。中間で一旦絞り込み後方に向けて再び太くなっていくトップチューブ、シートステー上部の接合部を下にオフセットさせてリア三角をコンパクトにしているのが外見上の特徴である。
このF1は2008年よりプロチームもガーミン・スリップストリームに供給されており、エアロ系モデルのAR1と共にチームのメインバイクとして活躍している。これによりフェルトのFシリーズ、ARシリーズは商品イメージを急激に向上させ、「プロチーム使用ブランド」 という大きなハクをフェルトに付けることとなった。
しかしその一方で、これはトッププロチームに供給されるバイクの中でISPもBB30も大口径ヘッドも筋骨隆々のエアロ形状も持たない (=スペック的には下位に立つ) 数少ないフレームの一つである、ということをロードバイクファンに印象付けてしまったのも事実だろう (他にはサーベロ、エディメルクスなどがあるが、圧倒的に少数派である)。もちろんフレームはスペックで決まるわけではない。いつものようにハンドル、サドル、ステム、ホイールを自分のものに交換して、一週間の期間限定オーナーになってみると、F1SLは、やはり全く違う顔を僕に見せるのだった。
全容
スペック
キャプション
ドイツのレーシングスピリットに感涙!
絶妙な剛性チューニング
全く予想もしていなかったことだが、F1SLの動力性能は凄まじかった。見た目の地味さと基本設計の古さ、そしてやはりスペックの貧相さからくる先入観がなかったとは言えず、それほどのものは期待していなかったのだが、まずはその加速に度肝を抜かれた。ペダルを踏み込んだ瞬間から背中をドンッと押されたようにスピードがどんどん上がっていく。打ち出の小槌のように、フレーム内部からトルクがいくらでも湧き出てくる。ゾッとするほど激しく、他に類を見ないほど力強い加速である。僕の585より過激かもしれない。なにやらビギナーに対して敷居が低いイメージのあるフェルトだが、このF1SLに限って言えば、とんでもない。
この加速感のどこが素晴らしいかといえば、近代ピナレロトップレーシングモデルやコルナゴのエクストリームパワー系、一部の高剛性アルミフレームに見られるような、ズッシリとした 「低速域・小トルクでの重ったるさ」 が微塵も感じられないことである。おそらく、表面 (ペダリングにおけるトルク入力初期段階) に僅かなしなやかさを設けてあり、それがペダリングを開始した瞬間において 「ペダルがスッと落ちていく感覚」 をライダーに与えている。奥に行けば行くほど凝縮していきフレームは硬く締まってくるので、「ペダルが勝手に落ちていく感じ」 から 「実際の激しい加速性能」 へと繋げるやり方が非常に上手いのだろう。
「実際の激しい加速」 へ繋げるタイミングがもう少し遅いと反応性が下がったような印象になるだろうし、「表面のしなやかさの層」 が薄いとペダリングを重厚感が支配的してしまう (それが悪いわけではないが)。それだけでは、ここまで軽快なペダリングと湧き上がる加速感は持ち得ない。ガチガチにも感じるF1SLのハンガー剛性だが、そこには絶妙な剛性チューニングが存在していると予測する。もちろん、コンパクトなリア三角や、シートチューブ下端を太くしてリアホイールに沿わせるような形状にすることでチェーンステーの実長をできるだけ短くする、といったFシリーズ独特の形状も効いているだろう。
試乗車にアッセンブルされていたホイール (WH-7850-C24-CL) との相性も素晴らしかった。それほど走らないホイールかと思っていたが、F1SLと組み合わせると夢のように転がる。フレームとホイールの相性は非常に大切であることを再認識した。
「別に嫌われたっていいじゃん」
ただ、そこにはかなりの 「演出」 が入っている、ということをバランスに優れた最新鋭機への乗車経験があるライダーなら見抜かなければならないだろう。ヒラヒラとしたハンドリング (ヘッド角とフォークの味付けに加えて試乗車のフレームサイズも影響)、ダンシング時の危うい直進性 (フレームと比較して高いとは言えないフォーク剛性)、カンカンと路面を弾くハッピーな脚周り (振動吸収性・減衰性を第一のプライオリティとしていない設計思想) などが、実際以上の過激さと軽快さをF1SLに与えているのはおそらく本当らしい、ということが冷静になると分かってくる。
最近のバランスに優れたハイエンドバイクの走りは、質が高すぎることの影に 「(あまりの有能さに) 感心すれど感動できず」 という落胆があることが多い、と個人的には感じる。対するF1は 「興奮と感動の嵐!(ただし演出込み)」 という感じ。
だから、扱いやすさ、振動のいなし方などのトータルの完成度、各性能の技術的達成度 (平均点の高さ) で見れば、これより優れたバイクはたくさん存在すると思う。F1SLの見るべきところは、安易に快適・安定志向に振らなかったことによって生まれた、魅力的な 「別に嫌われたっていいじゃん」 的キャラクターである。
タイヤがアスファルトを叩く心地よいノイズ、地面に跳ね返るチェーン駆動音、エアロスポークが空気を切り裂く感覚、リズミカルなロードインフォメーション、筋肉を適度に刺激する剛性…そういったF1SLが持っている生々しくリアルな乗車感は、すっかりヴァーチャルゲームのようになってしまった最新鋭フレームにはもはや見られなくなってしまったものだ。こういうバイクこそが、名車になる素質を持っているのだろう。
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《編集部》
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