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「ワンツー!」
タイムアウトが終わるたびに、威勢のいい掛け声がチームの輪の中から聞こえてくる。
■3連覇がかかる重圧でのHC就任
観客がいて喧騒のあるアリーナの中で、最初は誰がそのかけ声を発しているのかが不分明だったが、どうやらそれが選手の誰かによるものではないとわかった。
声の主は、今シーズンからトヨタ自動車アンテロープスのヘッドコーチ(HC)に就任した大神雄子(おおがみ・ゆうこ)のものだった。
「基本的には自分が言うようにしていますね。ちょっと選手になりきって」。
大神HCは、屈託のない笑顔でそう話した。
選手としては、Wリーグ、WNBA(日本人としては2人目だった)、中国リーグでプレーし、ジャパンエナジーJOMOサンフラワーズ(現・ENEOSサンフラワーズ)とトヨタ自動車でプレーした。国内キャリアでは、MVPやベストファイブに選出され、日本代表でも、2004年アテネオリンピックなど多くの国際大会に出場している。数々のタイトルと栄誉を手にした大神は、日本女子バスケットボール界の顏の一人として知られた。
取材をしたのは11月初頭。とどろきアリーナで今季Wリーグ新参入の姫路イーグレッツに快勝を収めた後だった。
2017−18シーズン後に引退してからは、トヨタ自動車でアシスタントコーチを務め、3人制バスケットボール日本女子代表のコーチも担った。大学院でコーチング学も学んできた。選手生活を終えコーチングに入っていくことを表明した際には、将来的には日本代表チームのHCとしてオリンピック出場をしたいとの目標も語っている。
選手として、コーチとして、多くの実績ある指導者の下で学んできた大神は、彼らから吸収してきたものを取り入れていきたいとコメントしている。
では、最終的に大神雄子というヘッドコーチの指導の「形」、「色」とはいかなるものになっていくのか。
今はまだ確たるものがない、というのが大神HCの答えだ。自身ではどういった理想を持ってやっているのかと問うと、彼女はこう述べた。
「いや、まだまだ。数試合をやった今の時点で(現在トヨタ自動車は5勝1敗でリーグ1位タイ)自分がどこまで成長しているのかと自己分析をするにも早いですし、これからたくさん経験を積んでいかなといけないので、そこはシーズンが終わった時に自分が成長出来た部分、スキルなど、自分が伸ばしていきたい部分が見えてくるのかなと」。
しかし、今の段階でも大神HCの「らしさ」は感じられる。それは、選手に近い「プレーヤーズコーチ」であることだ。冒頭で記した「ワンツー」のかけ声を自らがするところなどはひとつの例だが、まだ40歳と若く、近々まで選手としてコートに立っていた活力と、選手の気持ちがわかる部分が指導ぶりに現れている。
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「選手よりも熱い」と評されるルーキー・ヘッドコーチ 撮影:永塚和志
トヨタ自動車の中心選手の一人で、日本代表でもある馬瓜ステファニーは「選手よりも熱い部分がある」と、笑いながら大神HCを表現した。「シン(大神HCの選手時代のコートネーム)さんが一人で『ワー』ってやっているだけで、みんなが『ハハハ』って笑ってるみたいなこともよくありますし、あんまり『めちゃめちゃ監督』ということでなくてフレンドリーな部分もありながらやっていますね。私は1年間、(選手としての大神HCと)一緒にやっていますし、シンさんのほうから『ここはどうしたらいいかな』などと聞いてくることもあって、話し合いながら進められていると思います」。
ただ、いつまでも選手時代の感覚を頼りに、直感という感覚だけで指導を続けていくわけにはいかない。選手時代ならばそれに頼ってプレーするだけでもよかったが、チームを預かる指導者としてはそれを言語化し、説明ができるようにならなければいけない。大神HCはここからコーチとしての経験と知識を増やしていく中で、その「変換作業」に取り組んでいくことになる。
■「人生はここだけじゃない」
「(選手として)たくさん経験をさせてもらったぶん、直感は(他のコーチたちよりも)生まれやすいのかなと思います。コーチとしての知識はこれから試合をして、いろんなシチュエーションをこなす中で、信頼する(アシスタント)コーチたちと一緒に自分に植え付けてもらっています。そうすることで直感を(言語化という形で)埋めていけたら、試合の重要局面でも流れを作ることができて、選手の助けにもなると思っています」と語る。
また、連覇中のチームを引き継いだ大神HCではあるが、どうやら「ただ勝てばいい」という考えはないようだ。
「ツーウェイがあってもいいと思うんですよ」。
大神HCは言う。ツーウェイの一つは、プロとして勝ちにこだわること。そしてもう一つは選手たちの人間的な成長を促すことだ。
「プロフェッショナルとして結果は絶対に必要だと思うんですけど、人間のマナーは人間が作るというところもありますし、自分としても大事にしていきたい。結果と人としての成長というゴールを選手たちに伝える中で、自分が模範となって導いてあげられたらと思います」。
導くとした一方で、選手たち自身による成長の気概を求めてもいる。現状、トヨタ自動車のロースターには11名と強豪チームのわりには少ない人数しか登録されていないが、できるだけ全員に試合出場の機会を与えることで、上述のように選手、人間として育つことも期待する。
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コートサイドから檄を飛ばす「熱量の塊」大神HC 撮影:永塚和志
「やっぱり選手ってみんな、試合に出たいから辛い練習もするわけで、できれば全員戦えるように機会は与えたい。だからこそ1人、1人に責任を持ってもらおうと思っています。今年のロースターは11人ですけど、16人や20人(リーグの登録上限は16名)も置きたくはなくて、(11人)でしっかり全員が出て、自分自身がうまくなりたいんだ、人として成長したいんだ、というところを私からも彼女たちに求めていきたいです」。休養を表明した馬瓜エブリンや現役を退いた三好南穂(チームのサポートコーチに就任)といった中核選手らが抜けた。指揮官も、スペイン女子代表も率いていたルーカス・モンデーロからHCを務めるのが初となる大神に代わった。そのような状況で今シーズンに入ったトヨタ自動車にとって、3連覇はたやすくない。
それでも「熱量の塊」大神HCの率いるチームに重圧や悲壮感はない。
「私はHCとして1年目。ルーキーはルーキーらしく挑戦し続けたいし、人生はここだけじゃないので」。
シーズン開幕戦のENEOS戦の勝利後。取材陣でごったがえすミックスゾーンに響き渡る声で、彼女はそう話した。
始まったばかりの大神雄子という人の指導者人生。スター選手だった彼女のコーチングの「形」がどのようにでき上がっていくのか、興味深い。
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著者プロフィール
永塚和志●スポーツライター
元英字紙ジャパンタイムズスポーツ記者で、現在はフリーランスのスポーツライターとして活動。国際大会ではFIFAワールドカップ、FIBAワールドカップ、ワールドベースボールクラシック、NFLスーパーボウル、国内では日本シリーズなどの取材実績がある。