労働への価値観、インターネットの普及、人工知能(AI)の発展などで人々の働き方が変わり、労働生産性が上がるとすれば、増えるのは余暇です。今までは労働に費やしていた時間を、これから私たちは何に使うのか。
文部科学省は2017年3月に第2期「スポーツ基本計画」を策定。その中で「成人のスポーツ実施率(週1回以上)を42.5%から65%へ増やす」といった目標を掲げています。
本日「スポーツ基本計画」が公表されました!日本スポーツの5か年計画がスタートします!https://t.co/nDavAKt08X #スポーツ庁 #スポーツ基本計画
— スポーツ庁 (@sports_JSA) 2017年3月24日
テレビ、映画、本、新聞、SNS、家庭菜園、釣り、マージャン、パチンコ…。人々が余暇の時間に楽しむものはたくさんありますが、どうすればスポーツ実施率を増やせるのでしょうか。
そこで2015年10月に文部科学省の外局として設置されたスポーツ庁の鈴木大地長官に聞いてみました。かつて水泳選手として活躍した鈴木長官は1988年ソウル五輪に出場。競泳男子100m背泳ぎで金メダルを獲得しています。スポーツ庁が創設されると初代長官に就任しました。
今の時代にスポーツは必要なのでしょうか?(聞き手はCYCLE編集部・大日方航)
前回の【スポーツ庁 鈴木大地長官に聞く】:東京五輪が終わったらスポーツ庁は何するの?
---:余暇に楽しめることはたくさんありますが、その中でスポーツはどのようにアプローチできるのでしょうか?
鈴木大地長官(以下、鈴木長官):AIが出てきて人々の余暇が増えるかもしれない。週休3日制度になったり、在宅勤務が一般的になり、家で仕事をする人が増える世の中になってくるかもしれない。そうすると人と集まる機会が少なくなってきますよね。その時代に人と集まることができるのは「スポーツ」ではないでしょうか。
また、どんどん便利になっていくからこそ、体を動かさないと生活習慣病になるリスクも増してしまう。それから自分を見つめ直す時間も増えてくるかもしれない。自然を相手にするアウトドアスポーツの場合は、自然崇拝・アニミズムといった思想に触れる機会が増えます。スポーツと向き合うことで、人も、社会も次のステージへ進めるのではないかと思います。
---:SNSなどの普及で人と直接関わる機会も減ってきています。必要も無くなるかもしれない。そういう時代の中で、あえてコミュニケーションとしてのスポーツが必要ということですか?
鈴木長官:そうですね。面と向かってぶつかり合ったり、一緒にやってみるスポーツは貴重です。機械ばかりに時間を取られる中では、アウトドアスポーツで自然と向き合うことが求められてくる。人間としての心身のバランスを取るためにも、そういう方向に向かうのではないでしょうか。
---:そのための具体的な取り組みはありますか?
鈴木長官:6月にアウトドアスポーツ推進宣言を行いました。スタジアム・アリーナ改革もしていきますが、それにはお金も時間もかかります。なるべくお金のかからないスポーツ振興をしなくてはいけないと思っています。47都道府県にそれぞれある「自然」を生かしたスポーツをやろうじゃないか、と。
7月1日には岩手山(岩手県の最高峰。標高2038m)で地元の小学生たちと一緒に登山に挑戦しました。私は(元水泳選手で)潜るのが専門なので、登るのは決して専門ではない。でも、「専門的な技術はなくてもハイキングや山登りはいいですよ」と、「誰にでも身近にスポーツはやれるんだよ」という意識づくりを推進していくことで、「私も素人だけどスポーツをやっていいんだ」という意識を持ってもらいたいのです。
◇スポーツ庁長官通信◇
— スポーツ庁 (@sports_JSA) 2017年7月5日
7月1日に岩手県の岩手山の山開き式に参加しました。#登山 は年齢や体力、技術に応じて誰もが楽しめる生涯スポーツです。安全には十分留意の上、登山等の #アウトドアスポーツ を楽しみましょうhttps://t.co/Qh2XxDA6KV #スポーツ庁 pic.twitter.com/ynx1jxTbEm
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---:第2期「スポーツ基本計画」では「成人のスポーツ実施率(週1回以上)を42.5%から65%へ増やす」という目標を掲げられています。スポーツ実施率を増やすための施策はあるのでしょうか?
鈴木長官:いっぱいあります。「スポーツを嫌い」と言っている方は、「心拍数を180まで上げて、運動を30分以上やらないとスポーツではない」という思い込みがあったりします。しかし、実際はイヌの散歩だってウォーキングだし、「銭湯に入りに行く」ことだって心拍数が上がったり汗をかいたり、その行き帰りだけでもエネルギーを消費するかもしれない。
最近はヨガも体験しましたが、ヨガも自体重を使った筋トレみたいなところがあります。「ストレッチングで体の血液の循環をよくする」という動作でもあるので、立派なスポーツです。あらためてスポーツの定義を国民のみなさんに理解していただき、「これもスポーツだよ」というのを身近に感じてもらえるようにアピールしていきたいです。
スポーツを再定義すれば、従来の「スポーツ嫌い」という人も知らぬ間に「スポーツをやっていた」という話になってくるのです。
次回の【スポーツ庁 鈴木大地長官に聞く】:スポーツで稼ぐ空気を生み出す?
●鈴木大地(すずき だいち)
1967年3月10日生まれ、千葉県習志野市出身。元水泳選手。スポーツ庁初代長官。1988年ソウル五輪男子100m背泳ぎで金メダルを獲得。当時、スタートからしばらくもぐったままで水中を進む「バサロ泳法」が話題になる。1993年順天堂大学大学院体育学研究科コーチ学専攻修了。2003年9月から世界オリンピアンズ協会理事を3期に渡り務め、2013年4月より日本オリンピアンズ協会会長に就任。同年6月から日本水泳連盟会長を3年間兼任した。2015年10月より現職。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事も務める。2017年7月に国際水泳連盟(FINA)理事に就任することがFINA総会で承認された。