【THE INSIDE】創部15年目、またひとつ階段を上った豊橋中央…愛知大会ベスト4進出により甲子園が本当に見えてきた | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【THE INSIDE】創部15年目、またひとつ階段を上った豊橋中央…愛知大会ベスト4進出により甲子園が本当に見えてきた

オピニオン コラム

星城・豊橋中央の試合前挨拶
  • 星城・豊橋中央の試合前挨拶
  • もう一人のエースとして頑張った三浦圭貴君
  • 元気よく飛び出す豊橋中央選手たち
  • 攻撃の至学館も策を伝える
  • 攻守に引っ張る長峯君
  • 至学館との試合、苦しい場面で集まった豊橋中央
  • 主将でもある長峯樹生君
  • 準決勝ではピンチでも笑顔が…
初めての夏の愛知大会ベスト4、準決勝という戦いの場に挑んだ豊橋中央。相手は全国一の11回という優勝回数を誇り、春は30回、夏は27回の甲子園出場を記録している超名門・中京大中京だった。

試合は初回から投手陣が中京大中京の強力打線につかまってしまい、毎回得点を奪われて14-2と完敗した。

しかし、初めての愛知大会準決勝というステージ。それは間違いなく選手たちにも貴重な経験となったし、次の世代への勇気を与えるには十分だった。最後はコールドゲームで大敗してしまったが、豊橋中央の今年の夏は、確実に新たな歴史を作れる戦いを示し続けてきた。

元気よく飛び出す豊橋中央の選手たち

15年前の創部当初からチームを指揮する樋口靖晃監督は、赴任当初は野球部がない学校であったため、「野球部創設願」を毎年学校に提出しながら、陸上部の顧問を続けてきたという経歴がある。そして、やっと同好会として認められた時にはわずか二人でスタートした。

「その二人がいなかったら、今はありません。もちろん、毎年このことは選手たちに部の歴史として伝えています」というところからスタートしている。そして、部の発足の歴史と思いを伝えていくことで、本当の意味での絆とチームとしての帰属意識が育っていくのもまた確かである。樋口監督は、それを言葉で示し続けてきた。

「2年目からは、選手がある程度は獲れるようにはなったのですが、それも最初の2人がいてくれて、石拾いなどしながらグラウンド作りから始めていてくれたからなのです」と言うように、元々はウナギの養殖所だった場所を学校が買い取ってくれてグラウンド整備から始めたという歴史がある。

「当初は、何だか見たこともない知らない鳥が、グラウンドに現れていました」と、当時のことを思いながら笑う。そうした段階を経て、着実に一つひとつの階段を上ってきてのチーム作りだった。だから、私学とはいっても、一足飛びに有望選手を一気に獲得して強化していくという体制ではなかった。

「創部当初のスタートした時代のことを思うと、まるで夢のようです」

準決勝では、コールドゲームで敗退したものの、樋口監督の表情はどこか清々しさも漂っていた。まったく0の状態からスタートしたチーム作りだっただけに、激戦区愛知の中で、わずか15年で「本当にここまで、来られるチームになったのだ」という喜びが実感として表れていたからであろう。

愛知県の高校野球は、今年も愛知大会優勝校となった中京大中京に代表されるが、東邦、愛工大名電、享栄と続く、いわゆる“名古屋市内私学4強”と呼ばれている強豪校が圧倒的に強い。そんな中で、近年は、前身が女子校だった愛知啓成(旧稲沢女子)や至学館(旧中京女子大附)といったところも躍進してきた。

ことに、至学館は2011年夏に初出場を果たし、今春にもセンバツ出場を果たしている。そして今大会は、優勝候補の一角として各校からマークされる存在にまで成長していた。

その至学館と豊橋中央は境遇が似ている。前身が豊橋女子で、女子バレーボール部は強豪だ。女子校時代からスポーツが盛んだったというところも類似している。しかも、校歌もともにJ-POP調という点にも共通項があったが、その至学館と準々決勝で当たった。センバツ出場校であり、今春の県大会、東海大会も優勝している至学館に対しては、まさに挑戦者という意識でぶつかっていった。

力投した西脇君、背番号1の意地を示した

苦しい場面を凌ぎ切った試合だった。もっとも、ここまで継投で戦ってきたが、この試合は「継投時期が難しくて、そのタイミングを失った」と、樋口監督は振り返った。そして、リードして迎えた9回には先発して踏ん張ってきたエースナンバーを背負う西脇壮哉君が、やや脱水気味になり、足がつりかけて一時ベンチに戻った。

その際に、樋口監督は声をかけた。

「ベンチに戻って来た時に、『この試合はもう、お前ひとりで行くからな…。こういう場面は必ずあると思っていた。そこで踏ん張って欲しい、そのために背番号1を与えているんだから、オレもお前に賭けている』そんなことを語りかけたんですが、実はその言葉で、言っている自分自身もちょっとグッときてしまいました」

試合後、そんなことを話していた樋口監督だったが、西脇君もその声に力をもらって最後まで踏ん張った。

打者としては、捕手の長峯樹生君が注目されていた。3番を打っていたが、大会途中から4番に座るようになった。2年先輩の谷川原健太(ソフトバンク)の背中を追いかけてきた。

「ボクは、いつもホームランを打ちたいと思って打席に入っている」と強気なところを見せるが、試合では大事な場面ではチームバッティングに徹する冷静さと、技術を持っている。そんな選手が表れるようになってきたのも、地道なチーム作りをしていきながらの成果と言っていいだろう。そして、この夏は初のベスト4にまで進出した。

熱闘を終えた至学館・豊橋中央

もちろん、これで満足しているわけではない。来年は第100回記念大会となる。愛知大会は西愛知と東愛知に分かれて2代表となる。名古屋市勢とは別の枠で代表を争うことになる三河勢にとっては、千載一遇のチャンスと言っても過言ではない年だ。現実に今年の4強の顔ぶれを見れば、東愛知に該当するのは豊橋中央のみだった。そのことも、「夢のまた夢」だった甲子園が、本当に手の届くところに来ているということを実感できているのではないだろうか。

幸いにして、継投で戦ってきた投手陣は、渡邉慎ノ佑君、花井直樹君、三浦蓮太郎君といったところが残る。中京大中京に敗れた後でも、「この後は、学校へ帰って新チームで秋へ向けての練習です」と爽やかに球場を後にしながらも、すでに次へ向けて意識を高めていた。
《手束仁》

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