一輪車で世界一周。自己資金ゼロ、自給自足生活、野宿、大道芸生活の果てに | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

一輪車で世界一周。自己資金ゼロ、自給自足生活、野宿、大道芸生活の果てに

スポーツ 短信

一輪車で世界一周した土屋柊一郎さん
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「一輪車」で「日本」を一周した大学生が、今度は「一輪車」で「世界」を一周した。

土屋柊一郎さん。日本大学の自転車部に所属、新聞学科に通う。(2016年度に引き続き、2017年度も大学を休学予定)274日間の長旅を終えた土屋さんに、話を聞いた。(聞き手はCYCLE編集部、大日方航)

土屋さんは、twitterで「#日本一周一輪車少年」とタグ付けされた企画を2014年度の夏に行い、携帯電話充電用のソーラーパネルを搭載したリュックを背負って「一輪車&ヒッチハイク」で日本を一周した。



「一輪車日本一周」を成し遂げたあと、「次は(一輪車で)世界一周しかないでしょ」と周りに言われ、「その気になってしまった」という土屋さん。世界一周実現に向けTABIPPO2015世界一周コンテストに出場し、見事「最優秀賞」を獲得。賞品である「世界一周航空券」を手に入れ、一輪車での世界一周を現実のものとした。

2016年7月26日に日本を出国した土屋さんは、アジア、ヨーロッパ、北米、南米と、19カ国、約9ヶ月、274日間の旅を終え2017年4月25日に帰国。



彼の旅で特筆すべきは、世界一周資金の集め方だ。一般的に、大学生が休学して世界を周るパターンとしては、アルバイトした資金を当てるか、親から借金するケースが多い。

しかし、「旅をスタートする一ヶ月前まで、自己資金はほぼゼロだった。学生ローンで借金することも考えていた」と明かす土屋さんは、旅の資金を全て第三者より調達した。このあたりが、土屋さんの人徳、人柄、能力、度胸、人脈のなせる技だろう。もちろん、「一輪車」で世界を一周するという旅の特異性も耳目を集めるには適していたはずだ。

まず、前述した通り「世界一周航空券」は「TABIPPO」という旅に関する情報を扱う団体のコンテストで最優秀賞に輝くことにより取得。(約35万円分)



続いて法人2社「SAGAMI」「逸品屋」よりスポンサー料金約45万円を調達。なお、この2社は、土屋さんが日本を一輪車で一周していた際に出会った人が経営する会社だったという。彼はこの会社のロゴをつけて世界を回った。



また、資金調達に関しては一つ印象的なエピソードがある。土屋さんは、ベトナムにて知人により紹介された旅行会社のツアーに参加した。ここで偶然、ある一人の日本人高校教師に出会う。

すっかり意気投合した2人は、ツアーの間に様々な話題で話し込む。別れを告げたあと、土屋さんが驚愕したのはスペインに滞在しているタイミングだった。

「別れたあと、『土屋くんの旅、そして今後の人生を応援したいので口座番号を教えてくれ』と言われて教えていたんです。そこで、スペインで通帳を親に確認してもらったら25万円が振り込まれていて。桁を一つ間違えているんじゃないかと確認したのですが間違いではなくて。ツアーの間の2時間くらいしか話していないのに…。本当に感動しました」

まるでドラマのような話だが、現実の話。話を聞いていて感じたのだが、土屋さんには、人を惹きつける天性の何かがある。

出発直前、2016年6月30日(土屋さんが出発したのは7月26日)に終了したクラウドファンティングでは、32万円を調達。この資金集めにもドラマがあった。

「最終日まで目標額(30万円)の30パーセント、10万円しか集まっておらず、『これはやばいな』と焦り、渋谷のスクランブル交差点で資金集めの活動をして、なんとか集めました。本当にありがたかったです…」



こうした資金集めをなんとか乗り越えて、いざ出発。

世界一周一輪車の旅では、どんな経験をしてきたのだろうか。

カンボジアでのエピソードだ。一輪車でカンボジアの公道を漕いでいると、バイクに乗った30歳前後の女性に声をかけられた。「家に泊まっていいよ」と誘われついていった先は、完全な「自給自足生活」の家だった。

「家があり、電気は通っていますがあとは自給自足。家の庭でトウモロコシを収穫したり、沼にタニシを取りにいって焼いて食べたりしました」









マレーシアでお腹を壊し、食堂のトイレに駆け込んだ日もあった。

「せっかくだから飯でも食べてけ」

そう店長に声をかけられた土屋さんは、トイレを無料で借りたのだからと、お礼の意を込めてそこで食事をとった。しかし、驚いたのは会計時だった。

「一輪車で世界一周、頑張ってんだろ。いいよ、タダで」

当初はトイレ使用だけで済まそうとしていたので、「怒られ」ても仕方ないと感じていた土屋さん。感じたのはマレーシア人の温かさだった。





10000km走破の地、南米ボリビアのウユニ塩湖。日本人が訪れたい観光地ランキングでは、必ず上位にランクインする。













各地で野宿を繰り返してきた彼だが、南米では危機感もあり、野宿をすることはなかった。しかし、ウユニ塩湖まで残り30km。一日中一輪車を漕ぎ続けた体はもう動かず、ついにウユニ塩湖近辺の街で野宿をすることを決意。

夜はマイナス6度まで気温が落ちたというこの地で、「このまま寝ていたら死ぬぞ」と声をかけてくれたのは一人のボリビア人だった。塩の生産、ウユニ塩湖の観光業が産業の大半を占めるこの地であるから、おそらく塩の生産に関わる労働者だと想定される。

「オジサンが泊めてくれるというので向かった先は、社員寮でした。汚い倉庫のような場所で、みんなで雑魚寝して…。でも、食事にはスープとパサパサのパンを出してくれて…。なんとか生き延びた、と思いました」

小学4年生の頃に世界大会で金メダルを獲得したこともある土屋さん。その才能は旅中にも遺憾なく発揮された。イタリアでは、ジャグリングのパフォーマーと組んで即席パフォーマンスを披露した。







ジャグラーのイタリア人は、キャンピングカーに住んでいた。車が故障中で、修理費を稼ぐために大道芸を行なっていたという事実を聞いた土屋さんは、翌日も大道芸に同行。見事1時間半で60ユーロを稼ぎ、宿泊、食事のお礼にと全額イタリア人に譲渡。彼はのち、キャンピングカーでアフリカ縦断に挑戦したのだとか。

アメリカのビーチで、テントで野宿していたとき。朝3時頃に「何をやっているんだ」と銃を向けられたこともあった。野宿ばかりで、一週間風呂に入らないこともあった。ペルーで、白バイのお兄さんと「ノーヘルでニケツ」したこともあった。



数え切れないほどの魅力的なエピソード。土屋さんはこの「一輪車世界一周」から、何を得たのだろうか。

「自分のどこが成長したか、というと正直わかりません。しかし、『どこでも生きていける気がする』『何でも受け入れられる』という感覚が生まれました。どんな生き方でもいいんだ、という選択肢が広がった気がします」

土屋さんは今年度も日本大学を継続して休学。友人と2人で伊豆大島にゲストハウスを作る計画を進行中だ。また、この一輪車世界一周の経験を語るべく、各地で講演会も実施予定だ。講演会の詳細は以下のリンクより。

『一輪車世界一周10000km走破の旅』講演会 参加申し込みフォーム

講演会の予定は以下の通り。

東京・阿佐ヶ谷[5月27日]
横浜・関内[6月3日]
大阪[6月24日]
沖縄[7月1日]
福岡[7月8日]
広島(調整中)[7月16日]
京都(調整中)[7月17日]
名古屋[7月18日]
伊豆大島[7月22日]
仙台[7月29日]
札幌[8月11日]

《大日方航》
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