【東京2020とわたし】今も昔も、落し物が帰ってくる稀有な国、日本 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【東京2020とわたし】今も昔も、落し物が帰ってくる稀有な国、日本

スポーツ まとめ
参考画像:1964年東京オリンピックの様子
  • 参考画像:1964年東京オリンピックの様子
  • 参考画像:1964年東京オリンピックの様子
  • 参考画像:1964年東京オリンピックの様子
  • 1964年 銀行で働く女性たち(1964年1月13日)
  • 10月10日、都内で「1964年東京オリンピック・パラリンピック50周年記念祝賀会」が開催
東京2020を把握するには、まず東京1964を知ることから始めなくてはなりません。そこで我々は、過去の新聞や雑誌を紐解いてみることにしました。



◆今なお変わらぬ習慣、落し物が帰ってくる国、日本

今とは変わらない習慣もありました。

1964年10月10日の朝日新聞では、「英国人のオリンピック観光客が、『銀座で買った服他をタクシーの中に置き忘れた』と派出所で事情を話していたところ、まもなく運転手が忘れ物を届けに来た」というニュースが報道されていました。

さらには英国人観光客は礼金を差し出そうとしたが、「気持ちだけで結構です」と運転手が受け取らなかったという事実も伝えられています。英国人観光客は「何よりも嬉しいみやげ話ができた」と運転手に感謝したといいます。

他にもオリンピック取材のため来日したユーゴスラビア人が落とした6万円が返ってきたニュースや、オリンピック観戦のため来日したデンマーク夫妻が落とした入場券40枚分が入っているカバンが届けられたニュースが1964年10月10日の朝日新聞夕刊、10月11日の朝刊で報道されていました。

参考画像:1964年東京オリンピックの様子

また、外国人観光客ではないですが、1964年10月1日の朝日新聞の記事に、「上野駅近くで200万円を落とした社員が悲嘆に暮れていたところ、幸い少年会社員と商店経営の女主人に拾われており、まもなく持ち主の元へ戻った」という事実が報道されています。

1964年頃からすでに「落とし物を持ち主の元へ届ける」という習慣が国民に身についていたようにも思えました。

滝川クリステルさんが五輪招致の際に行ったプレゼンテーションで、日本の「おもてなしの心」の例として「落とし物が持ち主の元へ戻ってくること」を真っ先に挙げていましたが、オリンピックに訪れる外国人観光客への「おもてなし」の切り札は、「落とし物を無事に持ち主の元へ返す」という文化そのものなのだということを改めて認識しました。

また、オリンピックを取り巻く状況も現在とは大きく異なっていました。

◆サッカーと自転車は五輪競技から排除の意見も

1964年10月8日の朝日新聞には、第62回国際オリンピック委員会(IOC)総会においてサッカーと自転車競技についてオリンピック種目から排除しようという意見が出たことが報じられています。

その理由としては、「アマチュア」と「プロ」の境目があいまいだからだというのです。この場は「他の良心的な選手がかわいそうだから」という理由で事なきをえましたが、現在のオリンピックから考えると信じられないような議論が起こっていたことがわかります。

参考画像:1964年東京オリンピックの様子

ピエール・ド・クーベルタンが始めた近代オリンピックはもともと「アマチュアスポーツの祭典」と言われていたように、アマチュア競技者だけが参加できたのですね。(オリンピック憲章第6条)

「アマチュアのための大会」だったから、大会期間中の選手たちの宿泊費や交通費も、すべて選手側の自己負担を前提にしていてました。

「商業化されたオリンピック」と評価されることもある現代のオリンピックですが、1964年時点では全く違う姿を我々に見せていたのです。

《大日方航》
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