【インタビュー】プロフリークライマー安間佐千「本当に行きたい所に行きたい」 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【インタビュー】プロフリークライマー安間佐千「本当に行きたい所に行きたい」

オピニオン ボイス
プロフリークライマーの安間佐千選手(2017年2月11日)
  • プロフリークライマーの安間佐千選手(2017年2月11日)
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2020年東京五輪の正式種目に採用されているスポーツクライミング。「リード」「ボルダリング」「スピード」の3種目が行われるが、リードで2012年・2013年とワールドカップ総合二連覇を成し遂げた日本人がいる。プロフリークライマーの安間佐千(あんま さち)選手だ。

リードは高さ12m以上の壁に設けられたルートを、ロープで安全の確保をしながら制限時間内で登る競技。5mほどの壁を登るボルダリングと比べ、登攀技術の他に持久力も求められる。いかに体力を温存してより高いポイントまで登るかが勝負を分ける。

世界を制した安間選手に競技の魅力などを聞いた。(聞き手はCYCLE編集部・五味渕秀行)

安間佐千選手。この手で登ります!

---:競技を始めたきっかけは何ですか?

安間佐千選手(以下、安間):父が山登りを本格的にやっていました。僕が小学6年生のころ、父に「クライミングというものがあるが行ってみるか?」と知り合いが運営しているクライミング施設に連れて行ってもらったのがきっかけですね。

---:今でこそボルダリングを中心にクライミングは人気スポーツになりましたが、安間選手が始められたころはまだ日本では浸透していなかったと思います。そのころの様子はどうでしたか?

安間:すごく寂しい時間ではありました。(周りにやっている)人がいないので、クライミング施設に学校が終わってから行くと、まず僕が電気やストーブを点けて、黙々と登るわけです。一日にふたりか三人、お客さんが来るかなぁ~って感じでした。料金も僕が自分でチャリンって(レジに)入れるようなスタイルで始まっていました。

---:大会にはいつ頃から出ていたのですか?

安間:中学校に上がるくらいに(競技を)始めたのですが、その年の秋には今市市(現栃木県日光市)である大会に出ました。それが初めてでした。

---:国際大会に出るようになったのは?

安間:初めての海外の大会は中学校3年生のときのワールドユースですね。かなり才能も開花していて、早い段階でそういう舞台に立ち始めました。

---:そこから順調に勝利を重ねてワールドカップなどで活躍されましたが、なぜそこまでクライミングに打ち込めたのでしょう?

安間:なぜでしょうね…。コンペ(大会)はやっぱり競争のフィールドなんですよね。自分の中で、かなり強い周りの人への意識とか、自分の方が上に行くぞという意識はすごく強いものを持っていたんです。元をたどれば劣等感だと思うのですが、そういう気持ちを強く持っていて、それが原動力になって人よりも上に行くことを努力していたし、それが力になっていたと思います。

安間佐千選手のインスタグラムでは世界中の岩を登る姿が紹介されています。
---:元々クライミングの前にスポーツはされていたのですか?

安間:サッカーや水泳は少しやっていました。

---:他の子どもたちと比べて身体的な部分で違ったところはありましたか?

安間:おそらく柔らかさはすごくあるタイプ。今でもトップの選手と比べても柔らかいです。力はそんなにあるタイプではないのですが、(柔軟性のある)女性的な体を持っているのはひとつのポイントとしてありますね。

---:関節の可動域なども大きかったのでしょうか?

安間:そうですね。クライミングは力強いスポーツというイメージがあると思うのですが、カギとなってくるのは「いかにラクに登るか」という所。ボルダリングの場合はラクに登ることも大切ですけど力強く登る方がいいのですが、僕がやっているリードという高い所へ登っていく競技は、下からなるべく力を使わずにという所で、体の柔らかさや力を抜くうまさとか、そういう所が輝いていたと思います。

---:当初からリード専門だったのですか?

安間:当時はクライミング自体もボルダリングが新しく生まれてきているジャンルで、リードがメインで存在していました。

---:普段のトレーニングはどのようなことを中心にしていますか?

安間:僕の場合はマシンを使うようなトレーニングはほとんどしていなくて、クライミングで作り上げた肉体ですし、今でもクライミングしかやっていません。常に本番の中に身を置いてる感じですね。

---:子どものころと比べて、意識が変わってきている部分はありますか?

安間:子どものころは自分が求めているものをやっている感じで、そこから大会で勝つためにはという視点に立ち始めて、賢くトレーニングをした時期がありました。今は子どものころの感覚に戻り始めている感じですね。

日本代表として活躍してきた安間佐千選手。
---:現在は自然の岩場を登ることが多い安間選手ですが、屋内のコンペと自然の岩場では環境がまったく違います。屋内と外岩で気持ちの違い、怖さの違いなどありますか?

安間:明らかに違います。(自然の)岩を見たときに、内側からの喜びが圧倒的に違います。テンションが上がると言えば今風の表現かもしれません。もう喜んでいますね。岩を前にしたときに、なんて美しいのだろうとか。

---:岩の形とかにでしょうか?

安間:そうです。すごくオリジナリティーがあって、語りかけられるというか、この複雑な形をどうやって僕は登るんだろうって。それをどうやって登っても自由だし、岩との触れ合いですよね。

この岩をこれから登るけど、どういう風に登るんだろうなあ、綺麗だなあとか、どうやってこの岩はできたのだろうとか、そういう自然の神秘に触れて、また自分の肉体がそこと交わってフィットしていく作業はすごい瞬間です。

---:たとえばドライブしていて、道路沿いにいい岩を見つけたら気持ちは高ぶります?

安間:もう、見ちゃいますね。他の自然、木とか地面とか山とか、もちろんそういうものを見たときも、これ自然にできたんだな~とか、この木はどれくらいここにいるんだろうとか、そういう目線で見るのですが、岩は僕にとっては少し違いますね。

---:心が弾む感じでしょうか?

安間:弾んで、また自分が関わるわけですから。そこが木や山にはない所かなと思います。

外岩に挑む安間佐千選手の動画。こんな所でも登ってしまいます。
---:コンペはオブザベーション(課題の下見)である程度ルートを決めてから登ると思いますが、外岩の場合は登りながらルートを決めるのですか?

安間:いろんなスタイルがあります。初見でその岩を見て、誰からも情報を得ずに登れるかチャレンジすることをオンサイトと言うのですが、オンサイトの場合はそのときに初めて岩に触るので、どうなっているのかを見ながらやっていきます。すごく難しい作業ですが、その場合は登りながら考えます。

何度かチャレンジでして失敗を繰り返しながらじょじょにコツをつかんでいくスタイルであれば、何回もやるのでここに来たらこの岩をこういう風に持って、足をここに置いて体をこういう風に動かして、次(の岩が)取れるはずだってイメージがあって、それを再現できるように何度もチャレンジします。そのスタイルによって違いますね。

---:オブザベーションの段階でコンペのルートはほぼ決まりますか?

安間:単純明快なときは決まっていますが、セッターが複雑に作ってくるパターンもあったり、何パターンか思い浮かんでいたりすることもあります。

コンペの場合は先ほどのオンサイトで他の人からの情報を得ずに初見でどこまで行けるかチャレンジするので、その中でいくつかのパターンを持っていきます。その場に行ったときにそのパターンで一番フィットしそうなもので表現したり、まったく違うものをやってみたりもします。

ジムでボルダリングする安間佐千選手の動画も紹介されています。ダイナミックな動き!
---:東京五輪で正式種目となるスポーツクライミングでは、安間選手が得意とするリードの他にボルダリングとスピード(登る速さを競う競技)の3種目で行われます。ボルダリングとスピードについて、どのように考えていますか?

安間:ボルダリングに関しては日常的にかなりやるので、自分が普段やっていることだなってイメージがあります。スピードに関しては今までも(競技としては)ありましたけど、日本にはほとんど入って来ていなかったので、戸惑っている部分はありますね。自分がやってきていないことを新しくやることに。

ただ僕自身、実はオリンピックはほとんど視野に入れていないんです。競技者としての競い合うモチベーションがかなり少なくなっているので、原動力がないと感じています。自然の岩を登ることの方が、今の自分が求めていることだし、やりたいこと。オリンピックのスピードは少し疑問点もありますし。

---:それはどんな点でしょうか?

安間:おそらく99%の日本のクライマーは戸惑っていると思うんですよ。これは僕がやってきたクライミングではなくて、まったく違う別物をオリンピックのために新しく始めなければならない状況で、みんな好きかどうかということとか。

---:スピードは練習施設も今は日本に1カ所しかありませんよね。

安間:これからできてくるとは思うんですけど。あとは点数配分もスピードがどれだけ重要になってくるかもまだ決まっていないようなので、まだ何も見えてこない状況ですね。

大きな岩に挑戦する安間佐千選手。
---:登っているときは何を考えています?

安間:最近は集中力もかなり上がっているので、だいたいゾーンに入っています。ほとんど(何も考えて)ないです。

---:無心になっている?

安間:もうパンパンパンって感じで、肉体の感覚とただ次に動いていくっていうのがずっと続きますね。

---:手足がどんどん自然と伸びて上だけを目指す感じでしょうか。

安間:そうですね。登る前には必ず今何を考えているかという状態をチェックします。緊張してるとか、少し不安だなとか。

---:今まで海外の外岩をたくさん登られてきたと思いますが、一番美しかった所、印象に残っている場所はありますか?

安間:スペインのSIURANA(シウラナ)というエリアはすごく感動しました。そこは岩がオレンジ色で、おそらく水が削った谷のようになっているんです。岩なんですけど滑らかなテーブルみたいな所があったり、自然の力を感じる場所です。太陽がずっと当たっていて、そのエネルギーを感じる好きなクライミングエリアですね。

---:これからクライミングを始めたい人や、すでに楽しんでいる方が、上達するために意識したらいいことはありますか?

安間:僕にとって大切なのは肉体とのコミュニケーション。岩を登るにせよクライミングジムの課題を登るにせよ、こういう風に登るのかなというイメージがあって、(それに対して体を)思うように動かして行く作業です。

この課題を登りたいとか、これは難しいとか、みなさん考えると思うのですが、少し落ち着いて体とどうつながっていくかも意識することで上達のカギにもなるし、クライミングの喜びをより感じるポイントにもなると思います。体をよく感じて登っていくことが大切かなと思います。

2016年最後に登ったスペインのアンダルシア地方の壁。絶景!
---:クライマーとしての安間選手の特徴などはありますか?

安間:自分の今の感情とか考えていることが、僕の注目しているポイントです。何でこれがやりたいのかな~って。自分自身の感じるものにすごく興味があるんでしょうね。何で岩にこんなに感動するのかなとか。そういう問いかけが常に自動的に起きるのが特徴だと思います。

---:今シーズンの目標を教えてください。

安間:行きたい所に行って、やりたいことをやることですね。今まではクライミングの有名な場所とか、自分が活動をうまく表現できる場所に行っていたのですが、本当に行きたい所に行って、本当にやりたいことを探していくのが今年の目標ですね。

●安間佐千(あんま さち)
1989年9月23日生まれ、栃木県出身。12歳からフリークライミングを始める。2006年世界ユース大会ユースA(18歳未満)優勝など数年で国際大会で結果を残し、2012年・2013年にワールドカップ総合優勝(リード種目)。岩場では2010年に日本人初となる5.15aグレードに登攀(スペイン・Papichulo)、2015年には自身最高グレード5.15b更新(スペイン・Fight or Flight")。

取材協力:アディダス ジャパン
《五味渕秀行》

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