僕が彼と最初に会ったのは、20世紀の終わりが迫った2000年10月のこと。取材で訪れた「狩野川100kmサイクリング」の立ち上げに携わっていたのです。伊豆半島北部を南北に貫流する狩野川とその支流を、上流部から河口までたどる道は見晴らしがよく、舗装路ありダートありとバラエティーに富んだ道を、僕は堪能しました。
その狩野川流域のことが、本書にも取り上げられています。地球の表面が何枚かの固い岩板で構成されているとするプレートテクトニクスによれば、伊豆半島周辺はフィリピン海プレートの上にあるごく限られた地域であり(図参照)、それゆえ他に例のない風土が生み出されているとか、天城連山が北に開いた馬蹄形をなしており、彼の地に源を発する狩野川は太平洋側でありながら南から北へと流れる特異な川であるとか、その下流は勾配が緩く干満の影響を受ける汽水域を有するとか…。これらはすべて本書に記されている事柄です。
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日本周辺におけるプレートテクトニクスの概念図
なんだか地理の教科書のようですけど、サイクリングの最中に自然と目に飛び込んでくる景観が、それぞれ固有の必然性を帯びてそこにあることを知れば、他ならぬその地を自転車で巡ることの意味合いを、より強く実感できます。しかもそれは、富士山のような誰もが知る地に限らず、天城連山のような個々の山名などほとんど知られてない地も同様。といいましょうかそういう地ならばこそ本書に導かれて訪れたとき、そこにある何の変哲もない山や川の姿にも特別な意味合いを感じ取れるわけです。
つまり狩野川に沿った道の見晴らしがいいのはそれが堤防上にあるためで、その堤防はこの地を襲った台風による大水害を受けてできたものであり、その大水害は馬蹄形をなした地形から広く雨水を集めた川の、その下流部の勾配が緩いことで生まれたということを本書から知ることができました。
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狩野川の堤防上に延びる自転車道。僕がかつて訪れたときに撮ったもの
それは他のエリアにおいても同様。静岡県東部の富士宮は、今でこそB級グルメの焼きそばで有名になりましたが、僕の実家が西部ということもあって縁遠い場所でした。それが本書によると湧水に恵まれた坂の街であり、その湧水を生かした養鱒業が盛んであることなど初めて知ることばかりです。また、この地を流れる芝川には小規模な水力発電所が多くあり、それが産業遺産として歴史的景観を形作っているということにも心ひかれます。
あまたあるガイド本とは異なったアプローチで、静岡という土地の魅力を語る『静岡で愉しむサイクリングライフ』には、地図の類は一切なし。そのため彼がたどったコースを知るには、地図と首っ引きで読み進めなければなりません。しかし登場する地名にはなじみのないものも多く、地図から見つけ出すにもひと苦労。概要でかまわないので地図があればと思いましたが、一方でこうしためんどくさい行為自体がサイクリングに相通ずるものであり、その行為を経ることで、本書への理解がさらに深まるといえましょう。