日本中を騒然とさせた9月1日。UAE(アラブ首長国連邦)代表に逆転負けを喫した、ワールドカップ・アジア最終予選の初戦を終えた直後の取材エリアでも、西川はある意味で異彩を放っていた。
もちろん、破顔一笑というわけではない。それでも、意気消沈しているほかの選手たちとは対照的に、背筋をまっすぐに伸ばし、未来を見すえながら、穏やかな表情と口調で黒星を振り返っていた。
「負けた次の試合を勝つ。それに尽きると思います。次にいい結果を出すための、勝つための準備をみんなで続けていきたい」

西川周作 (c) Getty Images
■UAE戦でのミス
このとき、胸中には怒りが渦巻いていたはずだ。ほかの誰でもない、自分自身に対しての。同点に追いつかれた前半20分。西川はゴールキーパーとして、痛恨のミスを犯していた。
ゴールのほぼ正面。距離にして約20メートルの位置で与えた直接フリーキック。壁を作る味方の選手たちに細かい指示を飛ばしながら、西川の思考回路にはかすかな迷いが生じていた。
自身から見て壁の左側のキーパーサイドを狙ってくるのか。あるいは、右側の壁裏を突いてくるのか。どちらにシュートを飛ばされても反応できる準備を整えていたはずが、後者への意識が強く残ってしまった。
UAE代表のキャプテン、FWアハメド・ハリルが右足を振り抜いた瞬間だった。ほんのわずかながら西川は右へ動き、そして鋭く、強烈な弾道が描かれてきた反対側へダイブしている。
「あれはキーパーが止めなきゃいけない。いいシュートではありましたけど、キーパーサイドでもあるし、しっかりと自分の手にも当てていたので。止められなかったのは自分の反省点です」
両腕のキーパーグローブを弾いてもなお威力が衰えず、ゴールネットを揺らされてしまった一撃。相手が蹴るよりも先に動いてしまった自らの動きを、西川は失点の原因に帰結させている。
「相手は絶対に枠のなかへ飛ばしてくる、という覚悟はもっていたんですけど。ちょっと重心が右に…壁裏を意識しすぎてしまって動いてしまった分、力が両腕に伝わらなかったのかなと。そこは整理しながら、自分の経験値のひとつとして次に生かしていきたい」
後半9分に再びハリルに決められ、逆転を許したPKの場面でも西川は先に右へ動いてしまった。相手は西川の体勢を冷静に見極め、大胆不敵にもチップキックをど真ん中へ吸い込ませている。
集中力を研ぎすませ、相手が蹴る瞬間にコースを見極めてダイブする。難しい作業ではあるが、日本代表という肩書を背負ってゴールマウスを守る以上は、どんな場面でも完遂させなければいけない。
それができなかった。しかも、チームも負けた。ふがいない自分へ覚えた怒りを含めて、胸中に抱いたネガティブな思いを、努めて浮かべた“笑み”を触媒として勝利への糧に変えようとする西川がそこにいた。

西川周作 (c) Getty Images
果たして、舞台を埼玉スタジアムから敵地バンコクへ変えた5日後。タイ代表と対峙したアジア最終予選の第2戦。まるで神様から試されるかのように、後半25分に絶体絶命のピンチが日本の守備陣を襲った。
ハーフウェイラインからタイ陣内にちょっと入った地点。タイボールのスローインをDF森重真人(FC東京)がカットするも、強引に持ち運ぼうとしたプレーが裏目に出て、不用意にボールを失ってしまう。
ここだとばかりに、タイが乾坤一擲のカウンターを発動させる。こぼれ球がエースストライカーのティーラシンを介して、“タイのメッシ”と呼ばれる司令塔のチャナチップへワンタッチでつながれる。
やや前がかりになっていた分だけ、日本の守備体制は整っていない。チャナチップはマークについたキャプテンのMF長谷部誠(アイントラハト・フランクフルト)を翻弄するように、体を反転させながら前へ進む。
次の瞬間、体の向きとは逆となる右サイドへ上半身をねじりながらパスを通す。その先にはチャナチップを信じて、パスを出した後に一直線に走り込んできていたティーラシンがいた。
最初のタッチで、ティーラシンはボールをペナルティーエリアのなかへ大きく運ぶ。さらに加速するティーラシンに、背後を突かれたDF吉田麻也(サウサンプトン)が置き去りにされる。
ほかの日本の選手たちも戻り切れない。ゴールキーパーと1対1になる、極めて危険な状況。リードはわずか1点。誰もが最悪の状況を思い浮かべた刹那、西川は自らに「我慢」の二文字を言い聞かせていた。
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