スタートの町には大小さまざまな関係車両が集結する。黄色いステッカーを貼っているのはチームカーや審判車。緑色はプレス、ピンクは広告キャラバン隊、水色はそれ以外の関係車両。大型車両やスポンサーはコースに入れないオレンジ色だ。さまざまな役目を持つこれらの車両を円滑に制御するために関係車両の動きは完璧にコントロールされている。
スタート地点にはPPO(Point de Passage Obligatoire)という通過義務地点がある。前日にどこに泊まっていようとも、翌朝はまずここを通らなければならない。数人の若い車両スタッフが朝から待機していて、その役職や動きに応じて適切な場所に駐車させる。繁華街の限られたスペースに3000台の関係車両を見事に振り分けるのだからたいしたものだ
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PPOはフランス国内だけでなく英国ロンドンがスタート地になったときも設置された
移動する巨大イベントが作り出したPPO。その必然性を理解するまで、だれもが面食らう存在だろう。例えば皇居前からスタートするからといって、大手町から入ろうとしてもダメなのだ。首都高速の環状線に乗ってまずは新宿に向かい、新宿通りを使って四谷・半蔵門とたどっていかなければスタート地点に入れてもらえない。
なんでこんな難しいことをするかといったら、フランス独特の町の作りに起因する。心臓部に教会があってマルシェがあって、かつて城郭があったところに環状線を備える。次の町に向かう道は基本的に1本。スタート地点から選手たちはイタリアに向かう門をくぐって走り出すとしたら、関係者はスペイン側の門からアクセスしなければ混乱する。文化と歴史、伝統と宗教を理解しないと、このレースは会場までだって絶対にたどり着けない。
スタートの町で見事な腕前を披露した車両スタッフは、全員を送り出した後、ゴールを見ることもなく翌日のスタートの町へ行く。PPOを設置して、そこから3000台をどうやってさばくか決めていく。選手たちも世界各国から集まったプロだが、彼らの仕事もプロフェッショナルだ。
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ツール・ド・フランスさいたまクリテリウムにもPPOがある
ツール・ド・フランスはハンディキャップのあるスタッフも積極的に採用する取り組みを見せるのだが、駐車スタッフのひとりに片手だけ指のないフランス人青年がいた。いつも明るく、テキパキと指示を出してくれる。一発で縦列駐車をキメて見せると、「パーフェクト!」と反対側の手の親指を上に向けて笑顔を見せてくれた。
その彼と期間中にとある町のホテルで一緒になった。夕暮れのレストランのテラスにスタッフと一緒に陣取り、彼はなんと指のない手でギターをたくみにひいていた。ギターを持ってツール・ド・フランスに帯同する心のゆとりも驚きだったが、この世界最高峰の大会とともに生きているんだという彼の気概がやけにまぶしかった。