【THE INSIDE】都市対抗野球…日本の産業発展とともに歩んだ歴史(後編) 2ページ目 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【THE INSIDE】都市対抗野球…日本の産業発展とともに歩んだ歴史(後編)

オピニオン コラム
野球 イメージ
  • 野球 イメージ
  • 野球 イメージ
  • 野球 イメージ
  • 野球 イメージ
  • 野球 イメージ
  • 野球 イメージ
これは、日本の産業構造からいっても、首都圏に大企業の本拠地が集中しており、当然といえば当然のことともいえる。そして、都市対抗野球というよりも企業対抗の色合いが強くなってきてもいた。したがって、代表チームそのものが、東京と神奈川、千葉・埼玉に拠点を置く、大企業が中心になっていくのも当然の結果だった。優勝チームがそれらの地域から出てくるのも、確率からいっても当然高くなっていく。

■娯楽系産業の企業が参入

90年代後半に登場してきた都市対抗の新しい業種としては、調布市のシダックスもセンセーショナルに一世を風靡した。カラオケボックスで有名なシダックスだが、元々は給食事業から発展して学校や公共施設、企業などのケータリングサービスで成長した会社である。1993年からカラオケ事業を展開し、カラオケボックスの発展とともに大躍進していった。いうならば、新時代の娯楽系産業の企業として社会人野球にも参入してきたのである。

当初はキューバからナショナルチーム代表選手や監督を迎え入れるなどして、金属バット時代の勢いもあって力ずくの野球で急速にチーム強化を図った。2年目の1994年に都市対抗本大会に出場を果たしている。さらに、1997年には強力打線でベスト8に進出して注目された。キューバの選手たちが力任せのスイングでとらえたボールが、ピンポン玉のようにスタンドに吸い込まれていくというシーンもよく見られた。



■バブルがはじけて消滅、休部となるチームも

社会人野球は日本の産業経済の成長期とともに発展しながら、成熟期をへてむしろ爛熟期に入ったという印象にもなっていた。金属バット野球もそんな時代のひとつの現象だったのかもしれない。その一方で、バブルがはじけて不景気の風が吹き始めてくると、企業チームの存続が揺れ動いていく傾向も多くなってきていた。2000年を境にするように、企業の吸収や合併などが相次ぎ、日本鋼管が姿を消し、熊谷組や川崎製鉄など伝統の名門野球部も休部やクラブチームへ移行したりと姿を変えていっていた。

それでも、新しい動きも見られるようにもなった。東京都のセガサミーもそのひとつだが、2005年に新日鐵堺出身でメジャーリーグでも一時代を作って活躍した野茂英雄が代表となってNOMOクラブが2005年に代表となった。また、九州熊本を中心にしたスーパー"鮮ど市場"を展開する熊本ゴールデンラークスや、東海地区では名古屋市内で焼鳥屋チェーンを展開するジェイプロジェクトや、四日市市を中心にパチンコ店のチェーンを展開する永和商事ウィングスなど、新業種の産業も参入してきて、大企業の企業対抗だけではないぞ…と、社会人野球の新たな息吹が感じられるようになった。

そんな中、2015年の大会は大阪市同士の決勝となり、13年連続57回目の出場となった名門日本生命が、近畿第一代表の大阪ガスと延長の大熱戦を演じ、近畿勢としても1997年以来の18年ぶり4回目の優勝を果たした。昨年の大垣市西濃運輸に続いて、2年連続で関東勢ではない優勝チームとなったのも久しぶりのことだ。社会人野球にも、また、新たな風が吹き始めたのかもしれない。

昭和から平成の時代の流れを見ているようでもある。都市対抗野球は、時代の発展や産業界の変化とともに歩んできたといってもいいであろう。
《手束仁》

編集部おすすめの記事

page top