常磐道を北茨城ICで下り、「花園渓谷」と書かれた看板に従って車を走らせる。
途中でコンビニに寄ろうと思っていたが、道中にそれらしきものはほとんど見当たらない。これは困ったと思っていたところ、花園オートキャンプ場にたどり着いた。
ここに車を停められるとどこかで情報を仕入れたのだが、従業員の方にたずねると「利用者だけなんですよ~」と申し訳なさそうに断られる。まぁ、それも当然だと思う。「栄蔵室(えいぞうむろ)に登りたいんですけど」とたずねると、従業員さんは丁寧に道を教えてくれ、地図まで渡してくれた。キャンプ場を花園渓谷沿いに北上すると、栄蔵室の登山口に到着するらしい。
オートキャンプ場にはジュースやらアイスが売っていたので、水分を購入し、従業員さんから教えてもらった道どおりに車を走らせる。
程なくして、花園渓谷の看板が現れた。「渓谷」という名からして、とても大きなものの印象を抱いていたが、実際はかなり小ぶりで可愛らしい。道路に車を置いて、川の近くまで降りてみる。この場合、川の水を素手で触るのは、お約束の行為である。
「お、まぁまぁ冷たい」。季節は5月。場所は茨城県北部。南アルプスなどに流れるどこぞの川を触れた途端に感じる「冷たさ」が得られないことくらいは、触る前から分かってはいたが、それでも心の片隅には、「冷たい!」ときゃっきゃとはしゃぐ機会ではなかろうかと、少しばかりの期待を抱いていた。実際は、やはりそこそこの温度で、はしゃぐほどではないが、「これはぬるい!」と逆の反応を大げさに示すほどでもない。30代後半に差し掛かった男ふたりは、冷静な反応を示した。
川の水の温度には、いささか落胆を示したふたりであったが、渓谷の風景と川のせせらぎには心安らいだ。渓谷沿いに走る道路は、両側から木々がせり出し、緑のトンネルを作り出していた。少々視線を上げると、陽の光を浴びた木の葉がまぶしい位に輝いて見える。時折強く吹く春の風が、木の葉を揺らし、ざわざわと音を立てる。その音に相まって、さらさらと流れる川のせせらぎが聞こえてくる。
苔むした岩々に足を取られそうになりつつ、川の傍らに降り立つ。するとそこからは、小さな渓谷がとても大きく見えたのであった。
《久米成佳》
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