八村塁の指名で再脚光の岡山恭崇、38年前のドラフトで指名された“幻のNBAプレーヤー” | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

八村塁の指名で再脚光の岡山恭崇、38年前のドラフトで指名された“幻のNBAプレーヤー”

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八村塁の指名で再脚光の岡山恭崇、38年前のドラフトで指名された“幻のNBAプレーヤー”
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ゴンザガ大学の八村塁選手が現地6月20日(日本時間21日)に、NBAドラフトでワシントン・ウィザーズから1巡目9位で指名を受けた。日本人選手がNBAからドラフト1巡目指名を受けるのは史上初の快挙

これまで日本人では田臥勇太選手、渡邊雄太選手がNBAでプレーしており、八村選手がNBAのコートに立てば日本人3人目となる。

岡山恭崇が38年前に日本人初のドラフト指名

日本人初のNBAドラフト1巡目指名を受けた八村選手だが、ドラフト制度が現行のシステムになる前の1981年には、岡山恭崇さんがゴールデンステイト・ウォリアーズから8巡目(全体171位)で指名を受けている

八村選手が日本人2人目のNBAドラフト指名を受けたことにより、岡山さんの存在に再び注目が集まっている。

岡山さんは高校まで柔道に打ち込み二段の腕前。大学からバスケットボールに転向すると身長2メートル30センチの体格を生かし、日本を代表する選手に成長。実業団の住友金属時代には、日本リーグで新人王やMVPも獲得した

その活躍がウォリアーズ関係者の目に留まりドラフト指名を受けたが、岡山さんがオリンピック出場を希望していたこともあり、実際に入団することはなかった。

FIBA(国際バスケットボール連盟)がプロ選手の国際大会出場を認めたのは1989年。オリンピックは1992年のバルセロナ五輪からプロ選手の受け入れを始めた。

岡山さんがNBAからのドラフト指名がかかったのは1981年。そのため、当時はNBAの所属選手になると、オリンピックやワールドカップに出場できなかったのだ

集合写真でも一目で分かる長身

現役を引退したあとは住友金属で社業に励んでいた岡山さんだが、現在は関根床用鋼板株式会社で営業の仕事をしながら、バスケットボールの普及活動にも取り組んでいる。

関根床用鋼板の公式サイトに掲載されているプロフィールによれば趣味は麻雀。

会社紹介ページの集合写真では列の一番後ろに立つも飛び抜けて大きく、遠近法を無視したサイズ感ですぐに岡山さんだと分かる。

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