3年前から所属してきたLINEのグループ
いまや日本人の日常生活に定着した、無料通話アプリ『LINE』でグループを作り、連絡を取りあっているサッカー選手は多い。海外組を含めた、日本代表メンバーのグループがあることは有名な話だ。
そして、破竹の8連勝をマークするなど、前半戦のJ1戦線を席巻した柏レイソルの右サイドバックに定着した、21歳の小池龍太もあるグループを形成。連絡を取りあっている一人だ。
グループのメンバーは4人。小池と清水エスパルスのFW金子翔太と湘南ベルマーレのMF安東明、先の天皇杯でジャイアントキリング旋風を巻き起こしたいわきFCのFW平岡将豪が名前を連ねている。
レイソルとエスパルスはJ1だが、ベルマーレはJ2を、いわきFCは7部に相当する福島県社会人リーグ1部を戦っている。1995年生まれの彼らを、何が結びつけているのか。小池が笑顔で説明してくれた。
「3期生のなかのグループなんです。なので、ちょこちょこ連絡を取りあっていますね」
4人が初めて出会ったのは2008年4月。エリート教育期間・養成システムである、中高一貫のJFAアカデミー福島の3期生として福島の地に集い、高校に進む直前の2011年3月に東日本大震災に直面した。
福島第一原子力発電所の事故後には、拠点としてきたJヴィレッジが使用できなくなった。アカデミーは静岡県の御殿場高原時之栖へ一時的に移転し、一致団結して苦難を乗り越えてきた。
迎えた2014年春に迎えた卒校式。3期生の男子12人のうち、卒校後もプロで、あるいはプロを目指してサッカーを続けた4人がグループを作ってお互いを励まし、ときには刺激しあってきた。
「プロの舞台で実際に対戦したやつもいますし、僕たちみたいな選手がアカデミーから育っている、というのを発信できていると思うので。アカデミーからもっとこの世界に入ってきてくれれば嬉しいですね」
卒校から4年目でたどり着いたJ1の舞台
現時点での出世頭は金子だろうか。当時J2の栃木SCで期限付き移籍して武者修行を積んだ時期もあったが、今年4月21日にはJ1通算20,000ゴールをマーク。Jリーグの歴史に名前を刻んだ。
「金子はアカデミーのときから得点感覚が優れていて、いろいろな大会で何度も得点王を獲得した。とにかく、常にひたむきにプレーできる選手なので」
安東とは2015シーズンのJ3で2度、昨シーズンのJ2でも1度、同じピッチで敵味方として対峙している。小池はすべてレノファ山口で、安東は福島ユナイテッド、ツエーゲン金沢でそれぞれプレーしていた。
そして、まだ記憶に新しい天皇杯で久々に見た平岡に驚かされた。J3のAC長野パルセイロ、JFLのアスルクラロ沼津をへていわきFCに新天地を求めた平岡は、はち切れんばかりの筋肉の鎧を身にまとっていた。
「すごい体になっていましたよね。もともと能力が高い選手ですし、いつか対戦できる日を楽しみにしています。もちろん、そのときには負けないように、自分もさらに頑張っていかないと」
もっとも、他の3人に最も大きな刺激を与えているのは小池となる。卒校した2014シーズンはプロから声がかからず、JFLのレノファへアマチュア契約で入団。サッカースクールコーチのアルバイトで生計を立てた。
1年目から先発として活躍し、レノファも2015シーズンにJ3へ参入。いきなり優勝を果たし、1年でのJ2昇格を決めた不動のレギュラーのなかに小池も名前を連ねた。昨年7月には結婚して家族もできた。
迎えた昨シーズンのオフ。レイソルからのオファーが届く。J2昇格とともにプロ契約を結んでくれたレノファへの感謝の思いを抱きながら、憧れてきたJ1の舞台へチャレンジすることを決めた。
「素直に嬉しかった。1年ずつ4年をかけて、飛び級することなく、自らの足で一歩一歩カテゴリーをあがろうと思い描いていたので」
憧れてきたJ1の舞台へ
(c) Getty Images
レイソルのなかで異彩を放つハートの強さ
自らがプレーするカテゴリーを1年ごとに、実力をしっかりと養いながらひとつずつ上がり、J1にたどり着いたキャリアはJリーグ全体でも極めて珍しい。畏敬の念を込めて、平岡はこんな言葉を寄せていた。
「アイツはどんどんステップアップしていった。常にハードにプレーしていたし、本当にすごいと思う」
しかも、シンデレラ物語はレイソル移籍だけで終わらない。開幕3戦こそ後半44分からの途中出場、ベンチ外、リザーブに終わったが、右サイドバックに抜擢された4戦目からは一度も先発の座を譲っていない。
「最初は試合に出られるレベルではなかったですし、レイソルに溶け込むために自分なりにいろいろと試行錯誤していたというか、自分の色をどのように出していくのかを悩んだ時期でもあったので。あの時間があっていまがある、あの時間があってよかったと思っています」
開幕3戦を終えて、レイソルは1勝2敗と黒星が先行していた。下平隆宏監督は先発メンバーのうち7人ないし8人を、ボールをしっかり繋ぐというコンセプトのもとで育てられた、下部組織の選手で固めた。
残る4人ないし3人には下部組織ではなかなか得られない、突出した「個」の力が求められた。FWクリスティアーノやFWディエゴ・オリヴェイラの得点力、MF伊東純也の縦へのスピードはまさに「個」の力となる。
ならば、小池に求めているものは何か。目を細めながら、下平監督が説明してくれたことがある。
「運動量とハートです。特にハートがすごく熱いですから」
169センチ、64キロと決して大きくはない体に搭載されている無尽蔵のスタミナ。何よりも4部に相当するJFLからはい上がってきた過程で培われてきた、一度手にしたポジションを明け渡してなるものか、という執念にも似たハングリー精神が、異彩を放つ力をレイソルに与えている。
劣勢をひっくり返した一本のスルーパス
ヴィッセル神戸をホームの日立柏サッカー場に迎えた5日のJ1第20節。『LINE』のグループメンバーに胸を張れる痛快な逆転勝利は、小池の右足から繰り出された一本のスルーパスから生まれている。
1点のビハインドで折り返した後半5分。右タッチライン際でパスを受けるとすかさず前を向き、右手で味方を手招きしながらドリブルで前へ進む。合図を送った相手はクリスティアーノだった。
「練習でやってきたことがぴったりとはまった、という感じですね。クリス(クリスティアーノ)がいい動き出しをしながら、逆サイドから入ってきてくれた。クリスの動きが、僕のパスを引き出してくれた。僕は本当にボールを流し込むだけだったので」
左サイドからピッチを横切るように走ってきたクリスティアーノが、小池のパスに呼応するように左へ急旋回。オフサイドぎりぎりのタイミングで相手ゴール前へ抜け出し、ヴィッセルの選手3人を引きつける。
直後にがら空きになっていた左サイドへパス。無人となったゴールにオリヴェイラが左足で流し込んだ同点弾が呼び水となり、クリスティアーノの逆転弾、DF中山雄太のダメ押しゴールが生まれた。
守ってもデビュー戦で衝撃的な2ゴールを決めた、FWルーカス・ポドルスキにチームとして仕事をさせなかった。元ドイツ代表の「10番」と対峙した経験もまた、メンバーに自慢できるはずだ。
「左足が強烈なので、そこは消そうと。ポドルスキ選手にボールが入ったときには絶対に一人、必ずプレッシャーをかけにいこう、簡単なことを徹底しようとディフェンダー同士で話していたので」
高温多湿の真夏の一戦で記録した30回のスプリントは、伊東と並んで今節のJ1で最多だった。雑草魂を輝かせながら少しずつ、確実に成長を遂げている苦労人が、3位に浮上したレイソルを縁の下で支えている。