一方、同じく旧七会村(現・城里町)には徳蔵寺という寺あり。こちらも「三百坊」という強大な僧兵あり。
この二つの寺は、当時勢力争いをし、度々衝突していた。鎌倉時代の初め、争いに敗れた佐白山の僧兵は、命からがら山の頂近くまで逃げ延びて、そこにあった大きな岩を、追ってくる徳蔵寺の僧兵目掛けてごろりと転がす。徳蔵寺の僧兵はその下敷きとなり、多くの死者が出たという。その岩は大黒岩と名付けられ、今も佐白山に通じる道に転がっている。
この云われがあるせいか、佐白山はいわゆる「いわくつき」の山である。その「いわく」についてはここでは触れない(触れたらあとが怖そうなので)が、筆者も若い頃は夜の佐白山へ肝試しに出かけたものだ。そういうオカルト的な噂がある山だから、近所の山とはいえあえて登ろうとは思わなかった。
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石段は古くて雰囲気がある
だが、最近知人から「いい山ですよ、佐白山。家族でよく登っています」という話を聞いた。はて、佐白山に家族でハイキングだと? そんな牧歌的な山だったのか? そもそも、ハイキングなんてできる山だったのか? 知人の言葉に既成概念を揺るがされた筆者の頭の中は、疑問符で埋め尽くされた。
百聞は一見にしかず、ということで、実際に佐白山に登ってみたところ……。
なるほど、いい山だ。歩く距離はたいしたことはないが、雰囲気がとてもいい。もともと笠間城という山城があった場所で、ところどころに石垣が残っている。この石垣と木々の緑が絶妙なマッチングで、ちょっと異様でいて、それでいて歴史を感じさせ、ともすれば歩いているだけで賢くなったような気分にさえさせてくれる。この山城にはあの忠臣蔵で有名な大石内蔵助が居城していたこともあるとか。そのような歴史ある山ゆえに、山のいたるところに石碑があり、山の歴史を今に伝えている。
頂上には佐志能神社が建っていて、その直下もやはり石垣で覆われていた。佐志能神社を裏手に周り、山を下りていくと石倉と呼ばれる巨石群がある。この巨石群は昔からボルダリングスポットとして有名で、取材日も県外から岩屋さんたちがボルダリングを楽しみにきていた。こちらは、厳かな山城の雰囲気とは一変し、アウトドアの開放的な雰囲気を醸し出している。一つの山に陰と陽の要素が混ざり合い、山の魅力を増幅させていた。
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ボルダリングが楽しめるほどの大きな岩
いやはや、やはり山は登ってみないとわからない。見聞だけでは計り知れないものがある。名城、名岩、名怪奇、そして、名ファミリーハイキングスポットであり、豆腐の名店が麓にある……標高182mの小さな山には大きな魅力が詰まっていた。
かたや、惰性で駄文を振るい、惰眠をむさぼり遊惰を好み、蛇足が多い……6尺3寸の体を持て余し、小さな魅力すらない自分自身を省みつつ、下山後に見上げた佐白山は、エベレスト級の大きさに見えた。