「オリンピックを終えて」ボート日本代表・中野紘志(アスリートブログ) | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

「オリンピックを終えて」ボート日本代表・中野紘志(アスリートブログ)

スポーツ 選手
リオデジャネイロ五輪ボート軽量級ダブルスカル日本代表の大元英照(右)と中野紘志(2016年8月8日)
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  • リオデジャネイロ五輪ボート軽量級ダブルスカル日本代表の大元英照(手前)と中野紘志(2016年8月8日)
オリンピックが終わった。

リオデジャネイロオリンピックへの出場が決まってから始まった、自分史上最高の「みんなからチヤホヤされる期間」というのもまた、終わろうとしている。

「オリンピック」というのは本当に不思議な舞台だと思う。ほとんどすべてのアスリートが目指す夢の舞台。世界中の人が同じひとつのことで感動できる舞台。

そこに選手として出場できたこと、メダルの数にはまったく貢献できなかったが、本当に幸せな経験だった。


今28歳で、東京オリンピックのときには32歳になる。ボート競技では適齢期だが、これからどういう風にボートと生きていくか、まだ決められないでいる。

「オリンピック選手」を一種の資格とするなら、それはそれは合格率の低い資格。その一方で、合格後その資格を使ってできる仕事はそのオリンピック一回だけというとても不思議な資格だ。それ以降はみんな「元」オリンピック選手として生きていく。

子どもの頃、甲子園で輝く高校生を見て、「自分も輝いた高校生になりたい!」と夢を持ったものだが、いざ自分が高校生になってみたらその甲子園を見るたびに、輝いていない自分とのギャップに「悔しさ」がわいた。

その悔しさのお陰で、ボートという大学スポーツで結果を出せて、「やっと普通の目で甲子園を観られるようになった!」と思っていたら、まさかのオリンピック後に「テレビに映るオリンピック選手」と自分とのギャップに「悔しさ」がわいた。


今まで「彼ら」を特別な存在として見ていたけれど、同じジャージを来て、同じ選手村に泊まって結果は天と地というのが、新たにわいた「悔しさ」のきっかけだった。

同じなのに違う。それが「悔しさ」の素なんだろう。同じなのに違う、この「悔しさ」をどう昇華させればいいのか、どう目標を定め、どんな結果を出せば自分が納得するのか、まだわからない。


「元」医者や「元」弁護士に来る仕事が限定的なように、「元」オリンピック選手に来る仕事も限定的だろう。メダルを獲れなかった選手はなおさらだ。

多くの選手はセカンドキャリアというものに直面していく。帰国後、全選手に配られた「キャリアデザインセミナー」もそういう意味だと思う。

「オリンピックに出ました!」と言うだけで、本当にたくさんの人がレアモンスターを見つけたように喜んでくれる。今後の自己紹介ツールとして本当に最強だと思う。


一方で今回のオリンピックで得た、そして今後スポーツニュースを観るたびに感じる「悔しさの素」を形にするにはどうしたらいいか。

きっと「悔しさ」の先に「なりたい自分」がいる。料理がうまく作れなくても、ピアノが弾けなくても別に私は悔しくない。でも、今回はなんだか悔しい。スポーツニュースを観るたびに思う。なんだか悔しい。

その正体は何なのか、自分にとって「輝く」とは何なのか、その分析が早く終わるといい。早く見つけて、早く行動する。

それがおそらく、自分の20代最後の大事な仕事だ。

《中野紘志》
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