◆辻内崇伸高校時代は、平田良介(中日)らと共に「浪速の四天王」と呼ばれていた。3年時の夏の甲子園1回戦・春日部共栄戦では、152キロをマーク。準決勝で駒大苫小牧に敗れたが、当時最多となる、大会65奪三振を記録し、大会2度の全員奪三振は史上2人目となった。